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2012年7月30日 (月曜日)

瑞應山弘明寺

横浜市南区に市内最古の真言宗の寺院「瑞應山弘明寺」(蓮華院)はある。寺名は町名、駅名にもなっている鎌倉時代の由緒ある寺である。創建(伝)は天平9年(737) 、本尊は国の重要文化財の「十一面観世音菩薩」(弘明寺観音)である。開基は行基。弘明寺駅から坂下の仁王門(江戸時代作)を潜り左側の「身代地蔵菩薩」見ながら石段(参道)を登り切った正面に重厚な造りの「本堂」(寛徳元年=1044建立)、左手に「聖天堂」と「太子堂」、右手に「鐘楼堂」、「四脚門」(楓関門)が建ち並ぶ。また「七つ石」という霊石が信仰を集めている。当寺は坂東三十三箇所観音霊場の第14番札所でもあり、そのご詠歌は「」ありがたや ちかひの海を かたむけて そそぐめぐみに さむるほのやみ」。やや高台の境内から眼下に見下ろせる弘明寺の商店街&町並みには門前町の名残りと風情が感じられる。(1207)Gumyoji1069Gumyoji1034Gumyoji1039Gumyoji1045Gumyoji1052Gumyoji1044Gumyoji1037Gumyoji1066

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2012年7月27日 (金曜日)

座間ひまわりまつり 開花状況 2012

夏の花ひまわり。今年も恒例の「座間ひまわりまつり」(夢と希望~いやしのひととき)が、ここ「栗原会場」で7/26(~7/31まで)始まった。ここ栗原には10万本のひまわりが植えられているがまだ咲き始めの状況であった。燦燦と太陽の光を浴び一面黄金色で輝く満開まではもう数日の時間を要するようだ。また「座間会場」と「四谷会場」のひまわりまつりは、8月17日から開催される。座間の大地3会場に咲く55万本のひまわりは首都圏随一の本数(規模)を誇る名所となっている。太陽に向かって行儀よく一斉に咲き誇る花姿はやはり美しい。そして「まつり」が終わるとひまわりの実は焼酎として、菓子として座間特産品となって販売されというから待ち遠しい限りである。(1207)Zama_himawari1139Zama_himawari1138Zama_himawari1133Zama_himawari1134Zama_himawari5635Zama_himawari5636Zama_himawari1137

ひまわりまつり」最終日の31日、ここ栗原会場は満開であった。

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座間会場「ひまわりまつり」が17日から始まった。座架依橋エリアは一斉に咲きほころび一面黄金色に染まっていた。(1208)

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2012年7月26日 (木曜日)

町田市役所 新庁舎開庁

町田市役所の新庁舎」が町田市森野町(町田市民ホール横の「旧日米富士自転車 町田工場跡地」)に装いも新たに7月17日(火)に開庁した。この庁舎の設計は槇文彦氏(「幕張メッセ」等を設計)によるもので地上10階、地下3階、床面積18097㎡の高さと広さでこの地域では突出している。1階にはコンビニ、カフェ、4階には屋上花畑、10階には展望室がある。1階は広々と開放的なフロアで吹き抜け的な明るい空間を有する建造物として、町田のシンボルとなりそうである。(1207)Machidashiyakusho1117Machidashiyakusho1116Machidashiyakusho0869Machidashiyakusho1119Machidashiyakusho1131Machidashiyakusho1123

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2012年7月24日 (火曜日)

薬師池公園 大賀ハス開花 2012年

町田市野津田に約2000株の「大賀ハス」が咲くことで知られる「薬師池公園」はある。北端部のハス田では毎年この時期にピンク色の美しい花を咲かせる大賀ハスは千葉県の検見川遺跡で発見された2000年ほど前のハスの実から発芽したものである。2000年前の古代の人々も見ていたであろうこのハスの花を今見ることができるとはなんとも神秘的で、ロマンチックというか夢のある話である。訪れたこの日、青々と茂った葉の上や隙間に大きく開花したもの、これから花を広げようとしているもの、まだ蕾のものと少し早かったが、見ごろとなるであろう今月末へハスたちもスタンバイしているようである。仏像の蓮華部にも用いられるハスの花言葉は「雄弁」、「神聖」、「清らかな心」だが、どこか気品、気高さを感じる花である。(1207)Oogahasu1106Oogahasu1091Oogahasu1090Oogahasu5600Oogahasu5611Oogahasu1105

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2012年7月22日 (日曜日)

金沢山称名寺

横浜市金沢区に金沢北条一門の菩提寺で真言律宗別格本山の寺院「金沢山称名寺」はある。創建(伝)は正嘉2年(1258)、本尊は弥勒菩薩(重要文化財)、開基は北条実時で起源は六浦荘金沢の居館内に建てた持仏堂(阿弥陀堂)である。すぐ近くにある「金沢文庫」も実時の居館内文庫が起点とされる。金沢文庫駅より海の公園方向へ歩くこと15分、左手に当寺の入口「惣門(赤門)」(1771建立)がある。長い石畳の桜並木の参道突き当りにある重厚感漂う「山門(仁王門)」(1818建立)左右には仁王像が怖いお顔で迎えてくれる。仁王門を抜けると「阿字池」を中心に中之島、朱塗りの「反橋」・「平橋」(太鼓橋は橋百選の一つ)を配した「浄土式庭園」が広がる。架けられた橋を渡ると称名寺の顔「金堂」、その右側に「釈迦堂」、手前に「鐘楼」が建ち並ぶ。金沢山頂上には「八角堂」がある。(1207)Shomyoji0889Shomyoji0898Shomyoji0908Shomyoji0949Shomyoji0926Shomyoji0916Shomyoji0938Shomyoji0940

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2012年7月17日 (火曜日)

八幡山法蓮寺

品川旗の台に日蓮宗大本山池上本門寺の末寺「八幡山法蓮寺」はある。創建は文永年間、本尊は日蓮上人曼荼羅である。当地を治めていた荏原吉宗(源義家の末裔)が日蓮宗に帰依し息子の朗慶が居城跡に当寺を開山。当寺院は隣接する「旗岡八幡神社」の別当寺であったようだ。荏原町駅に降り立つと砂利が敷き詰められ境内の一角には「報恩塔」、「永代供養塔」、右側に「本堂」(昭和四十一年)が建ち並ぶ。左後方には今にも動き出しそうなポーズの「石蛙」が置いてある。また本堂奥の敷地には松や灯篭を配した美しい「庭園」もある。江戸時代十一代将軍徳川家斉公が鷹狩りの際に当寺で休息し、将軍はじめ戸城中にも多くの信者を得たという。当寺は荏原七福神のひとつ恵比寿神を祀っている。毎年十月お会式には万灯や団扇太鼓をもった信者の参詣で大賑わいするという。(1207)Hourenji0678Hourenji0679Hourenji0692Hourenji0682Hourenji0681Hourenji0684Hourenji0689Hourenji0680

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2012年7月16日 (月曜日)

長光山妙蓮寺

横浜市港北区に日蓮宗の大本山池上本門寺の末寺である「長光山妙蓮寺」(菊名妙蓮寺)はある。創建は明治41年(1908)、開基は日體。本尊は日蓮上人である。当寺は移転時に「大経院妙仙寺」と「浄寿山蓮光寺」の合寺(合併)で其々の寺号を一字ずつとり現寺名となった。妙蓮寺駅に降り立つとすぐ朱色の山門(本門寺を模して造った)がある。山門をくぐると広大な境内に左側に鳳王殿と蓮光寺の小鐘、そして正面に本堂と客殿(昭和44年に完成)、本堂右手に庭園が奥には落差4mの「菊池の滝」がある。由緒ある寺院の緑あふれる静寂な境内、四季折々美しさと安らぎをもたらしてくれる。(1207)Myorenji0983Myorenji0836Myorenji0988Myorenji0841_2Myorenji0843Myorenji0985Myorenji0821Myorenji0844

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2012年7月15日 (日曜日)

平塚八幡宮

平塚市浅間町に相模五社の一社で相模国の五宮格の「平塚八幡宮」(鶴嶺山八幡宮)は鎮座する。創建は仁徳天皇68年(360)、主祭神は応神天王、神功皇后、武内宿禰命。千六百余年の長く輝かしい歴史を持つ神社で、相模の鎮めとして朝廷の信頼も厚く、また霊場として重要視され鎌倉時代以降武人の信仰を集めた他、源頼朝公夫人の安産祈願の「神馬奉納」、徳川家康公の「社領寄進」はよく知られている。通りに面した朱色の鳥居を潜ると左右に池、更に石の鳥居の正面に拝殿、奥に流造りの本殿が建つ。拝殿の右には諏訪社、若宮社、神明社の3つの境内外社がある。平塚は日本橋から数え8番目の宿場であり、門前大通りは東海道、須賀港、厚木往還、大山道の重なる交通の要衝であったことから道中安全の祈り社頭として栄え発展した名残りが感じられる。(1207)Hiratsukahachiman0570Hiratsukahachiman0576Hiratsukahachiman0956Hiratsukahachiman0577Hiratsukahachiman0580Hiratsukahachiman0585Hiratsukahachiman0588Hiratsukahachiman0569

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2012年7月14日 (土曜日)

京浜伏見稲荷神社

川崎市中原区新丸子に京都府の「伏見稲荷大社」を総本社とし、百八体御神使の狐が安置されていることで知られる「京浜伏見稲荷神社」が鎮座する。創建は昭和26年(1951)、ご祭神は五成大名神、宇迦之御魂神、大己貴命、猿田彦神、天宇受売神、大宮能売神である。新丸子駅から小杉方向に歩くと高さ14mの見事な大鳥居の先に、鮮やかな朱色の大社殿(九棟流れ造り)、その前には池が配され岩には色の異なった108匹の狐が神の使いとして見守り独特の神域を創り出している。境内右手には白狐社、祇園玉光稲荷社があり赤い鳥居が幾重にも並んでいて美しい。また当社の御神鏡建造、御本殿建築、石造御使徒は日本最大の建造物であるという。(1207)Keihininari0794Keihininari0976Keihininari0798Keihininari0799Keihininari0809Keihininari0808_2Keihininari0802Keihininari0800

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2012年7月13日 (金曜日)

洗足池公園

大田区南千束に日蓮上人(身延山久遠寺から常陸へ湯治に向う途中)が池のほとりで休息し足を洗ったという言い伝えのある「洗足池」(地名:千束に由来)がある。洗足池は湧水池でその主要水源は4ヶ所あったようだが現在は清水窪弁財天の湧水のみが残っている。北側の中島に日蓮上人の「袈裟掛けの松」、西のほとりに応神天皇(和気之命)を祭神とする「千束八幡神社」、鳥居の傍らに「池月発祥伝説の由来」の説明板と「名馬池月像」、この池を愛した「勝海舟夫妻のお墓」や晩年の邸宅(千束軒=戦災で焼失)跡、その隣に「西郷隆盛留魂碑」などがある。池にまつわる神社、墓碑に古の歴史が息づいている。(1207)Senzokuike0720Senzokuike0731Senzokuike0734Senzokuike0742Senzokuike0750Senzokuike0757Senzokuike0770Senzokuike0761

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2012年7月11日 (水曜日)

自由が丘のヴェネチア 「La Vita」

自由が丘に水の都・ヴェネチアの街並みを再現したロマンチックなスポット「La Vita」は「自由が丘のヴェネチア」と呼ばれている。ラヴイータとは「生命」とか「人生」の意である。オープンテラスの中央には小さな橋が架かり、その横には運河を模した水路が静かに流れ、小さなゴンドラが浮かんでいる。 さほど広くない敷地内にはヨーロッパ調の美しい煉瓦造りの建物(6店舗)が建ち並びまるでヴェネチアにでも来ているかのような気分に浸れイタリア情緒を満喫できる。おしゃれなテラスに置かれているベンチに座ると都会の喧騒を忘れさせてくれる。(1207)La_vita0657La_vita0658La_vita0649La_vita0653La_vita0650La_vita0652La_vita0651La_vita0655

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2012年7月 8日 (日曜日)

松風山晴雲寺

平塚市立野に番町皿屋敷のお菊さんのお墓がある浄土宗の寺院「松風山晴雲寺」(院号は光照院)はある。創建は天正18年(1590)、本尊は阿弥陀如来である。寺内には「船越観音」という聖観音を安置している。山門を潜り松、桜、藤、蓮鉢とみどり多い石畳の境内に入ると正面に大本堂(昭和34年再建)、左手に寺務所、右手に阿弥陀像、名号塔、百万念仏供養塔などの石仏かせ建ち並ぶ美しいお寺である。「めぐりきて 曇りも晴れぬ青雲寺 後のむかいを 船越の堂」。当寺は鹿児島の島津公が馬入川で川止めにあい一行が宿泊した際に島津家の紋章を頂いたいわれがある。(1207)Seiunji0603Seiunji0604Seiunji0618Seiunji0605Seiunji0611Seiunji0615Seiunji0617Seiunji0612

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2012年7月 7日 (土曜日)

第62回 湘南ひらつか七夕まつり 2012年

日本三大七夕まつり(仙台/平塚/安城)と関東三大七夕まつり(平塚/入間川/茂原)の一つに数えられている「第62回 湘南ひらつか七夕まつり」(星祭)が7月6日から8日まで平塚駅北口中心街において開催されている。万葉の時代から詩歌に詠まれてきた七夕まつり、戦後復興まつりとして始まった湘南ひらつか七夕まつり(1951年に初回開催)は、60年の歴史を重ね全国から120万人もの人出で賑わう国内最大級の七夕まつりとなる。中心街には500本、メイン会場には絢爛豪華な竹80本の飾り掲出され、中には10mを超える大型飾りもあり華やかである。また道路の両脇には出店が連なっている。広大な銀河の中にある恋人同志の二つの星物語である「七夕伝説」、短冊に願い事を書いて竹に吊るした小さい頃の記憶、今はどのような想いを託せばいいのだろうか?(1207)Hiratsuka_tanabata0647Hiratsuka_tanabata0642Hiratsuka_tanabata0634Hiratsuka_tanabata0545Hiratsuka_tanabata0548Hiratsuka_tanabata0552Hiratsuka_tanabata0554Hiratsuka_tanabata0553

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2012年7月 5日 (木曜日)

小動神社

鎌倉腰越に新田義貞が鎌倉攻めの戦勝を祈願したと伝えられている「小動神社」はある。源平合戦(1185~1189)で活躍した佐々木盛綱が近江国八王子宮を勧請したのが始まりである。御祭神は建速須佐之男命、建御名方神、日本武命。明治元年(1868)に小動山浄泉寺と神仏分離で現在の小動神社の名に改めた。明治6年(1873)に村社と定められ村の氏神となった。4月に祈年祭、7月に天王祭、8月に諏訪祭、12月に新嘗祭が行われる。ここ小動神社は桜、アジサイの花見地としても知られている。境内奥の見晴台からの眺望も素晴らしいことから訪れる人も多い。(1205)Koyurugijinjya1633Koyurugijinjya1645Koyurugijinjya1643Koyurugijinjya1638Koyurugijinjya1639Koyurugijinjya1642

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2012年7月 3日 (火曜日)

白坂横穴墓群

町田市三輪町(高蔵寺から沢谷戸自然公園裏方向に進む)に市指定史跡の「白坂横穴墓群」がある。この地は昔「沢山城」のあったところで、白坂は「城坂」の意である。ここ白坂には古くから横穴墓が十基ほど開口してあり、未開口も含めると十三基になる。、内部から河原石が敷き詰められ、数体の遺骨と須恵器、七世紀ごろ造られたものと推定される刀子、フラスコ形細頸壷発見された。多摩丘陵の中でここ白坂がもっとも横穴墓群が集中しており、いにしえの人々の心魂が感じられるような気がしてならない。(1204)Shirasakaohuketu0232Shirasakaohuketu0233Shirasakaohuketu0234Shirasakaohuketu0235Shirasakaohuketu0236Shirasakaohuketu0237

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2012年7月 2日 (月曜日)

千里浜なぎさドライブウェイ

千里浜なぎさドライブウェイ」は羽咋群宝達志水町今浜から羽咋市千里浜町に至る全長約8Kmの天然砂浜の観光道路である。日本で唯一の自動車やバスでも砂浜の波打ち際を走ることができるという道路であることから道路標識も設置されている。ツアーの余禄でここに立ち寄ることができバスの中から撮ったショット。(1203)Tirihama0399Tirihama0401Tirihama0405Tirihama0406

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2012年7月 1日 (日曜日)

巨福山梅宗寺

相模原市緑区上九沢に百番観音と安産守・白子観音の寺「巨福山梅宗寺」(曹洞宗)はある。慶長2年(1597)「梅宗庵」として開創。本尊は釈迦三尊(釈迦牟尼仏、文殊菩薩、普賢菩薩)である。境内には「本堂」、「仏光殿(開山堂)」、「養蚕影明神」、宝永7年(1710)に創建された「百番観音堂」(相模原の登録文化財登録、現在再建中)があり、堂内には西国三十三観音、坂東三十三観音、秩父三十四観音の100体の観音石仏がおさめられており、寺域には400年という歴史が息づいている。(1206)Baisouji0468Baisouji0470Baisouji0476Baisouji0473Baisouji0483Baisouji0485Baisouji0486Baisouji0479

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