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2011年12月31日 (土曜日)

2011年の旅録(総集)

大震災、原発事故に揺れた日本、祈りを込めた2011年の旅終わる!!

1月坂東33観音霊場巡り、熊野古道からスタートした今年の旅、3月に発生した東日本大震災の直後熊本へ、日本三名城の熊本城へ入城、4月から7月は桜の花見を楽撮、ネモフィラ、つつじ、ショウブ、アジサイ、ひまわりの花を追撮、9月は古都鎌倉寺巡り、そして高速ジェット船で伊豆大島へ初上陸、11月は日光三寺社と霧降滝、熊本を再訪し山鹿の八千代座と今年もあらゆる被写体に向き合い感動を撮りおさめ、震災復興を祈願し140の寺社へ詣でた。開設し5年となるブログも12月初には5万件を超すアクセス数となりました。来年こそ明るいいい年でいい旅ができることを願い、サブタイトル「旅は一枚の写真から始まる」に夢と希望ある写真をお届けできたらと・・・・・・・。(1112)2011_trip

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2011年12月30日 (金曜日)

日本銀行&貨幣博物館

旅とは心の財を蓄えるものである!!

日本橋石町に空から見ると「円」の形をした「日本銀行」がある。日本銀行は、日本銀行法に基づく認可法人であり、我が国唯一の中央銀行で明治15年開業。建物の最初の着工は明治23年、完工は29年。構造は石積みレンガ造り、外装は花崗岩貼り、ネオバロックの建築様式である。特徴ある緑の屋根は鉄板および銅板葺である。日本銀行の前に日本銀行金融研究所博物館の所蔵品の中の代表的な貨幣が展示されている「貨幣博物館」を見学する。我が国の実物貨幣を見てその歴史と貨幣の持つ意味、そして世界各国の貨幣の動きとその比較はなかなか興味深い展示内容であった。旅も感動という心の財といものをこれからも蓄えていかねばならない。(1112)Nippon_bank0980
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2011年12月27日 (火曜日)

五條天神社

上野恩賜公園内、清水観音堂下方に五條天神社はある。伝えでは上野忍丘で薬祖神、二柱の大神が奇端を現し給い、難を救われたことで両神を祀ったとある。また文献(北国紀行)には文明18年(1486)]武蔵野境忍丘に五条天神社のことが記載されており、500年の歴史を誇る神社である。ご祭神は京都東洞院の大名貴命、少彦名命を勧請したもので、医道の祖神として崇敬。寛永18年に菅原道真を祭神として合祀。幾多の変遷を経て昭和3年に今の地に至る。境内には花園稲荷神社がある。(1111)Gojyotenjinsya0555
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2011年12月25日 (日曜日)

日本橋

旅は日常の我家が起点となり始まる!!

全てに原点があるよう、橋梁としての「日本橋」は日本橋川の上に架かる国道の橋であり、日本の道路元標があり、日本の道路網の始点となっている所である。この橋が架けられたのは慶長8年(1603)といわれ、お江戸日本橋といわれるように東海道を始めとする5街道の起点であり、江戸経済の中心の場所であった。高速道路の下で橋長49m、幅27mの石造二連アーチ橋の「日本橋」(明治44年完成)は中央区の地名にもなっており、橋周辺には日本銀行、東京証券取引所がある金融街として、また高島屋、三越という老舗の商業施設で形成される中、国指定の重要文化財として今も歴史と風格ある姿を魅せてくれている。ここから川下りの船も出ており今、観光名所にもなっているようである。(1112)Nihonbashi0950
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2011年12月24日 (土曜日)

第52回 2011年報道写真展

旅写真はワンショットの記録が記憶の集合体となる!!

東京写真記者協会の報道カメラマンが撮影した写真で今年を振り返る恒例の「報道写真展」が日本橋三越で開催されている。3月に発生した「東日本大震災」の写真の前では皆が涙する。なんとも痛ましく悲しい出来事として、心から消えることのない影&傷として記憶される。その中にあって希望と夢を与えたのがサッカー「なでしこジャパン」のワールドカップ優勝である。その他、今年を象徴する多くの話題を決定的瞬間で捉えた300余点の作品にくぎ付けとなった。「今を撮る」プロ魂の一端を見せられた思いである。(1112)2011hodo0971
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2011年12月23日 (金曜日)

青山善光寺

旅とは歴史への自発的アプローチである!!

全国に善光寺という名のつくお寺は119ケ寺ありその一つ浄土宗の尼寺「青山善光寺」は表参道駅から青山通り左側(北青山)の所にある。信州善光寺の別院で、慶長6年(1601)徳川家によって谷中に設けられたが、火災に遭い現在の青山に移された。山門を潜ると境内には勝海舟の撰文による高野長英碑、人力車発明記念碑芭蕉句碑がある。現在本堂は改修中で拝観は叶わなかったが信州善光寺とと同じく戒壇巡りがあるという。青山という華やかな街の中で春は花見、夏は盆踊り、秋は紅葉と四季を楽しむ人で賑わう、昔ながらの風情が今も漂う場所となっている。(1111)A_zenkoji0395A_zenkoji0396
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2011年12月22日 (木曜日)

長流山浄行寺

旅とは心のリラクゼーションである!!

熊本市坪井に浄土真宗本願寺派の長流山浄行寺はある。創建年は不詳のようだが戦国時代から江戸時代初期にかけてと言われている。寺の建立は慶長6年(1601)。ご本尊は阿弥陀如来。寺伝によれば織田信長が西本願寺と戦争をした時、椎葉の那須弾正という侍が熊本の浄行寺を熱く信仰、西本願寺の戦の後、帰熊の際、お寺より送られた仏像を持ち帰り寺を造ったのが始まりのようである。山門を潜ると正面に本堂、重厚さが伝わってくる。お寺には心安らぐ独特の空間がある。(1111)Jyogyoji0637
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2011年12月21日 (水曜日)

清水観音堂

旅写真は求景~求撮~修撮である!!

上野公園の不忍が丘に観音様を祀る「清水観音堂」がある。寛永寺を創建した天海僧正が京都清水寺を模して寛永8年(1631)創建。元禄7年(1694)に摺鉢山から現在地へ移築。不忍池を臨む正面の舞台造りの景観は江戸時代より浮世絵の画材にもなっているほどである。本尊は「千手観音坐像」で本尊の脇には子育観音がある。清水観音堂は安永年間に一度修復されただけで300年の歴史を刻む江戸初期の旧観を保つ上野で最古のお堂である。朱色を基調とした貴重な建造物で、国の重要文化財となっている。(1111)Kiyomizukannon5328
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2011年12月20日 (火曜日)

上野東照宮

旅は過去・経験と連鎖する!!

11月初に参詣した「日光東照宮」に続き、今回は「上野東照宮」である。徳川家康公をお祀りしている神社である。徳川家康公の遺言で寛永4年(1627)藤堂高虎と天海僧正によって建立された。、大石鳥居をくぐると表参道両側に200基の石灯籠、美しい装飾が施された48基の銅灯籠、唐門、神楽殿は見応え充分である。現在改装中の社殿、透塀は見ることが叶わなかった。動物園内にある旧寛永寺の五重塔も境内から優美な姿を拝むことができた。次は残り一つの久能山東照宮へ出向かねばならない。(1111)Uenothoshogu0521
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2011年12月19日 (月曜日)

上野弁天堂

見たい、撮りたい、伝えたいため旅に出る!!

上野不忍池の中央に浮かぶ中之島(弁天島)に上野弁天堂はある。寛永寺を創建した天美僧正が創建。この島が造られた経緯は琵琶湖の竹生島になぞらえてと言われる。江戸が京都に対抗するため江戸幕府の政策の一つで建てられたという上野弁天堂だが、当初のお堂は戦災で崩壊、昭和33年再建され現在に至る。なんとも鮮やかな朱色の建物で、不忍の池と春の桜、秋の紅葉と相俟っていろんな四季の顔を魅せる。(1111)Uenobentendo5353Uenobentendo0500
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2011年12月17日 (土曜日)

相模原公園のメタセコイアと十月桜

相模原公園のメタセコイアの並木道が紅く色づき幻想的な美さを魅せている。カナダでメタセコイアの化石が見つかっているが原産は中国の植物である。和名は曙杉というだけにスギ科で、葉はモミに似ている。これだけの本数が一斉に紅葉すると壮観である。噴水とのコントラストも実に美しいい。噴水広場を左手に上がっていくと十月桜が小さな淡紅色の花びらを広げ咲いている。この十月桜は春と秋に二度咲くというから珍しい。花弁は八重、花びらは6~10枚で可憐という言葉がピッタリである。(1112)Sagamihara_park0882
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2011年12月 8日 (木曜日)

金王八幡宮

旅、それは有限の刻を実証することである!!

もと渋谷城があった渋谷区渋谷に金王八幡宮は鎮座(堀川天皇の御代、寛治6年=1092)ある。渋谷重光によって創建。祭神は応神天皇、御鎮座920年、社殿造営400年の歴史ある八幡宮である。社名にある金王は重家の嫡男常光(永治元年に誕生)がこの神社に祈願して金剛夜叉明王の化身として生まれたことに起因する。大鳥居を潜ると境内には頼朝が金王丸の誠忠を偲び名付け植えた金王桜、慶長7年建立の社殿と神門、そして神楽殿、金王丸影堂、参集殿等が建ち並ぶ。ここ八幡宮は江戸時代徳川将軍の信仰を得ていたことや、春日局によって社殿と神門が造営されたとある。総漆塗りの朱色の社殿は江戸時代初期の建築様式を留める都内でも代表的な建造物である。(1111)Konnohachiman0459 Konnohachiman0428 Konnohachiman0439 Konnohachiman5317 Konnohachiman0453 Konnohachiman0452 Konnohachiman0444 Konnohachiman0431

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2011年12月 7日 (水曜日)

山鹿の芝居小屋「八千代座」

旅とは吟遊である!!

いで湯と灯篭祭で知られる熊本山鹿市、白壁の商家が建ち並ぶ豊前街に溶け込むように明治43年(1910)に建築された「八千代座」という芝居小屋がある。和風建築の粋と洋風建築の長所を取り入られ、江戸時代の伝統を受け継ぎ芝居小屋の様々な仕掛け例えば廻り舞台(直径8.45㎡)、奈落スッポンます席など当所の姿を残している。収容能力は650人と小規模だが昭和63年国指定文化財となった。天上の色とりどりの広告、とシャンデリア、そして磨き上げられた板敷きに上がり木戸口を潜るともはや一挙に時代が遡る。ここにも町の人々の熱い想いによって紡がれ続けてきた歴史があった。あの坂東玉三郎もここで公演しているが、その時の入場料はなんと2万円だという話である。何の芸も持ち合わせていないが旅芸人にという言葉にはある種憧れを感じる。(1111)Yachiyoza0739 Yachiyoza0743 Yachiyoza0752 Yachiyoza0776 Yachiyoza0745 Yachiyoza0756 Yachiyoza0748 Yachiyoza0794

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2011年12月 6日 (火曜日)

無量寿山泰安寺

旅とは巡遊である!!

熊本市池田に浄土真宗の寺院に往生院「無量寿山泰安寺」はある。安貞2年(1226)法然の弟子弁長が白川山往生院を開山、これを加藤清正が古鍛冶屋に移した後、元禄中年(1688-1703)飽田郡古町村に替地、堂宇が完成しないうちに享保4年(1724)現在地へ移転。江戸時代は触頭の任に当っていた往生院は西南の役の時、薩郡熊本泰本営となった。本尊は阿弥陀如来、境内には開基弁長の墓や正清院供養等(徳川家康の八女振姫)、宝篋印塔がある。今日も寺々を渡り巡る旅。(1111)Ohojyoin002843 Ohojyoin002839 Ohojyoin002837 Ohojyoin002840 Ohojyoin002836 Ohojyoin002844

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2011年12月 4日 (日曜日)

小泉八雲熊本旧居

旅地は学びの泉であり、師である!!

熊本市の繁華街(手取本町)という喧騒の中に静かに佇む小泉八雲(ラフカディオ・ハーン )の住まい。明治時代、第五高等中学校(現在の熊本大学)の英語教師として熊本に赴任した際、最初の一年を過ごした住居である。八雲が当事礼拝していた神棚や、八雲の軌跡を記したパネルや作品が展示されていた。ここは平成7年に復元された。(1111)Koizumiyakumo0694 Koizumiyakumo0695 Koizumiyakumo0698 Koizumiyakumo0703 Koizumiyakumo0706 Koizumiyakumo0710 Koizumiyakumo0715 Koizumiyakumo0699

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2011年12月 3日 (土曜日)

城彩苑の紅葉

旅は求真である!!

熊本が誇る日本三大名城のひとつ熊本城は市の中心部に風格ある姿を魅せるように聳え建っている。お城の未申櫓の眼下に昨年オープンした桜の馬場「城彩苑」には熊本の歴史を体験できる施設「湧々座」と熊本の郷土料理に舌鼓を打てる23の店舗がある「桜の小路」が併設され、熊本の新たな観光スポットとなった。白を基調とした建物と赤・黄色に色づいた紅葉のコントラストはこの季節ならではの美しさである。(1111)Jyosaien0845 Jyosaien0849 Jyosaien0835 Jyosaien0836 Jyosaien0841 Jyosaien0828 Jyosaien0832 Jyosaien0831

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