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2011年5月30日 (月曜日)

龍口山本蓮寺

旅とは自我形成・創造の場である!!

藤沢片瀬にある本蓮寺は推古天皇3年(595年)に聖徳太子の師義玄和尚により開山された真言宗の寺院(当初は密教寺院)である。元暦元年(1184)源頼朝により源立寿寺として再建後、嘉元年間(1303~1306)に日秀が日蓮宗(日蓮上人を祀る)の寺とした。龍口寺の輪番八ヶ寺の一つ。ここは将軍の祈願所でもあり、源頼朝が帰途休んだ処でもある。長い参道を抜けると山門があり、徳川「三つ葉葵の金の紋章」と白磁で「御朱印寺」の札がある。本堂裏の左の山には宝形造の屋根に青銅の相輪、その先に黄金の宝珠が目に入る「多宝塔」が建立されている。近くには「帰り来て 又 見んことも固瀬川 濁れる水のすまぬ世ならば」の宗尊親王の石碑がある。(1105)Honrenji1094 Honrenji1095 Honrenji1098 Honrenji1104 Honrenji1105 Honrenji1108 Honrenji1112 Honrenji1114

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2011年5月29日 (日曜日)

法輪山法幢院浄光寺

旅とは視点を変え新たな物語を生成することである!!

荒川西日暮里にある真言宗の浄光寺は徳川将軍家御前所(鷹狩りの時の食事休憩場所)であり、また当時境内からの雪景色が素晴らしことから「雪見寺」とも呼ばれた。創建年代は不詳だが諏訪神社の別当寺であったことから諏訪神社の創建年代の元久2年(1202)推定される。本尊は薬師如来。境内には将軍の御腰掛石、地蔵菩薩立像、江戸六地蔵(空無上人勧請、勧化)が並び建つ。ここ浄光寺は荒川辺八十八ヶ所霊場8番札所、豊島八十八ヶ所霊場5番札所である。ここは江戸時代から多くの庶民の信仰を集めていたことが感じられるお寺である。何故かお寺には多くの歴史人が関っている。(1103) Jyokoji0026 Jyokoji0025 Jyokoji0033 Jyokoji0027 Jyokoji0028 Jyokoji0029 Jyokoji0030 Jyokoji0032

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2011年5月28日 (土曜日)

生田緑地ばら苑 春の開苑2011

旅とは移ろう四季の瞬の知を、美を記憶することである!!

開苑(1958年)当時、「秘密の花園」として、また「東洋一のばら苑」と賞されたここ生田緑地ばら苑には530種、4700株の色とりどりの「ばら」が咲き誇り、春の競宴を迎えている。甘い香りに包まれた苑内でしばしばらの世界を満喫、堪能する。欧州の代表的な花のひとつであるばらは、花の女王と言われるその高貴な美しさに誰しもが魅了されシャツターを切る。「愛」、「恋」、「美」の花言葉がぴったりのばらである。(1105)Ikutaryokuchi_rose2945 Ikutaryokuchi_rose2969 Ikutaryokuchi_rose2951 Ikutaryokuchi_rose2952 Ikutaryokuchi_rose2956 Ikutaryokuchi_rose2953 Ikutaryokuchi_rose2989 Xcimg2994

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2011年5月27日 (金曜日)

成川美術館

旅はアートであり、そしてポトである!!

箱根・芦ノ湖畔、箱根神社の朱の大鳥居横という絶好のロケーションに建つ成川美術館は1988年に開館。現代日本画中心のコレクション4800点を越える。山本岳人(150点)や平山郁夫(40点)の素画を所蔵している。美術館入り口の身代わり地蔵、樹齢300年の大王杉、展望室からの箱根、芦ノ湖の眺望はまさにアートである。(1105)Narukawa_art07956 Narukawa_art08012 Narukawa_art08023 Narukawa_art08025 Narukawa_art08027 Narukawa_art08035

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2011年5月24日 (火曜日)

磯平山能徳禅寺

旅とは時に文化財探訪である!!

磯部頭首口の近くに曹洞宗の寺院「磯平山能徳禅寺」はある。創建は室町時代の末期、ご本尊は如意輪観音。鎌倉時代に曹洞宗を開いた道元の流れをくみ、下溝の天応院の末寺である。「不許葷酒入門」は禅寺の門の脇には戒壇石に刻む句(強臭の野菜を口にしたものは清浄な寺内に立ち入ること許さない)である。山門を潜ると境内の左側のやや小高い丘には白い観音像が見守る。なかなか閑静なお寺である。(1104)Notokuji0552 Notokuji0555 Notokuji0562 Notokuji0557 Notokuji0563 Notokuji0565 Notokuji0585 Notokuji0575

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2011年5月23日 (月曜日)

片瀬諏訪神社

旅は時として旅の原点=聖地巡礼に還ること!!

藤沢片瀬に「片瀬諏訪神社」(上社)がある。全国に5千社近くあるといわれているが、上社下社を備え持つのは諏訪大社とここ「片瀬諏訪神社」だけだという。全国規模の神社である。養老7年信濃国諏訪大社の御分霊を請願、上社(天長3年現在地に移さる)に建御名方富命、下社(弘仁3年現在地に移さる)八坂刀売命を御祭神としている。社殿は鎌倉攻めで焼失、安永7年に改修された後、甘糟3兄弟が造営整備した。急勾配の石段を上っていくと社殿があるが扉は閉まっているが、清浄な波動を感じながら拝礼。果たして諏訪大明神の守護、恩恵は得られるかと・・・。(1105)Kamisuwajinjya1130 Kamisuwajinjya1131 Kamisuwajinjya1133 Kamisuwajinjya1134 Kamisuwajinjya1137 Kamisuwajinjya1132 Kamisuwajinjya1136 Kamisuwajinjya1138

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2011年5月21日 (土曜日)

寂光山龍口寺

旅は人生の修得・修錬の場であり行路である!!

藤沢市片瀬の龍口刑場跡に建つ日蓮宗の霊蹟本山(寺院)である龍口寺を参詣。日蓮聖人入滅後、直弟子の日法聖人が延元2年(1337)に「龍の口法難の霊跡」として一堂を建立し、日蓮聖人像と首の座を安置したのがこの寺の始まりである。仁王門(昭和48年竣工、鉄筋コンクリート造り瓦葺)前左側にある鎌倉時代罪人を斬首する刑場の跡、仁王尊像を祀る仁王門を潜り、急勾配の石段がを上ると、そこには元治元年竣工の欅造り銅板葺の山門(表に龍口寺/裏に寂光山の扁額、中国故事の彫刻)がある。境内左に寂口殿、妙見堂、右側に大書院(欅造り瓦屋葺、信州窪田家の蚕糸御殿を昭和10年に移築)、正面には欅造り銅板葺き大本堂(天保3年建立、敷皮堂)重厚である。本堂右側に明治43年建立の五重塔(本式木造五重塔)、龍口山中腹に七面堂、高台に釈尊の御真骨を安置する仏舎利塔がある。ここから眼前に江の島・相模湾が広がる。(1105)Ryukoji1023 Ryukoji1024 Ryukoji1076 Ryukoji1039 Ryukoji1040 Ryukoji1042 Ryukoji1047 Ryukoji1050 Ryukoji1072

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2011年5月19日 (木曜日)

補蛇洛山 観音院 養福寺

旅とは悠歩であり悠楽である!!

荒川西日暮里にある真言宗のお寺「補蛇洛山 観音院 養福寺」を参詣する。縁起は元和6年(1620)法印乗蓮が創建。湯島円満寺の木食義高によって中興とある。ご本尊は如意輪観音である。寺寶に大徳院殿御筆の色紙に「いかへにむかし むすべる契にて この世にかかる 中の隔たり」とある。焼失を免れた仁王門は江戸期(宝永年間建立)の木造建築物であり、門の表側には仏法を守護する仁王像一対、裏側には木造二天王像がある。またここ養福寺は江戸の文人(詩人の柏木如亭ほか)たちとも縁が深くいろんな石碑が建てられている。弘法大師像が見守る養福寺は荒川八十八ヶ所霊場7番札所、豊島八十八ヶ所霊場73番札所、上野王子駒込三十三ヶ所霊場27番札所でもある。(1103)Yohukuji0035 Yohukuji0038 Yohukuji0039 Yohukuji0047 Yohukuji0041 Yohukuji0042 Yohukuji0044 Yohukuji0049

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2011年5月17日 (火曜日)

長祐山妙福寺

旅は生の歴史を撮読することである!!

町田市三輪町にある日蓮宗の「長祐山妙福寺」(旧本寺名=鎌倉妙本寺)を参詣。明徳2年(1391年)日億上人によって開かれた寺である。小高い丘の上にあり凡そ4千坪という広大な境内は木立に囲まれ春は桜に彩られ美しい。高麗門として市の有形文化財に指定されている山門を潜り参道を辿り境内に立ち入ると、青く清々しい春空の下、陽光を受け古き江戸時代の歴史的価値高き本堂をはじめ、桃山時代の祖師堂(池上本門寺より贈与)、上層部に鐘楼を備えた鐘楼門など建造物が建ち並ぶ。荘厳且つ重厚な伽藍は古建築ならではの重みを感じらさせてくれる。(1104)Myohukuji0650 Myohukuji0652 Myohukuji0656 Myohukuji0661 Myohukuji0662 Myohukuji0670 Myohukuji0653 Myohukuji0655

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2011年5月14日 (土曜日)

大黒山経王寺

寺旅は起源と歴史の再発見である!!

西日暮里にある日蓮宗大黒山経王寺は要詮院日慶が開山。当時の豪農冠勝平という人が開基となり明暦元年(1655)創建。身延山久遠寺の末寺である。本堂の隣の大黒堂には日蓮上人が作られたという大黒天が鎮守として祀られ地域の人々の崇敬を集めている。本堂は急勾配の屋根が特徴的。江戸時代末期作といわれる山門には、新政府軍が発砲した弾丸の跡が残っており明治維新の動乱を物語っている。ここでも歴史に積もる澱みの中を彷徨い思いに耽るひと時であった。(1103)Kyoouji0070 Kyoouji0055 Kyoouji0054 Kyoouji0056 Kyoouji0057 Kyoouji0059 Kyoouji0065 Kyoouji0058

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2011年5月13日 (金曜日)

肥後発星山本妙寺

旅とはひたすら現世の幸せを求め歩くものである!!

加藤清正公廟永之霊地である発星山本妙寺(寺格は旧京都本圀寺末六条門流九州総本寺、旧末寺約50か寺後陽成天皇勅願寺、永代紫衣勅許の道場)を参詣。天正16年(1588)に肥後の領主となり入城したことにより建立。加藤家の菩提寺であり、九州における日蓮宗の名刺である。ご本尊は十界曼荼羅である。巨大なコンクリートの仁王門から本殿までの長い参道は両脇には関連の寺院と桜の木が並んでいる。数百の灯篭が並び立つ胸突き雁木と言われる石段を上ると浄地廟拝殿と本殿がある。中門の前の常夜燈は昔の面影を残す。本殿裏の300段の石段を上った中尾山中腹には鑓を手にした加藤清正公の銅像が市内をそして熊本城を見守るかのように建てられている。(1103) Honmyoji0683_3 Honmyoji1172_2 Honmyoji1182 Honmyoji1183 Honmyoji1186 Honmyoji0716 Honmyoji1193 Honmyoji0711

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2011年5月12日 (木曜日)

藤とハンカチの木の花

相模原公園の藤とハンカチの木の花が咲き誇っている。五月を薄紫色に彩る藤の花。藤棚に連なるように咲いた一房にはどこか芸術性を感じる花である。花言葉は「歓迎」、「恋に酔う」、「佳客」。外国人は藤は日本的な美しい魅力を感じるようで、万葉集(防人司法佑四綱の歌=藤浪の花は盛になりにけり ならのみやこを思ほすや君 )、枕草子、源氏物語、俳諧にもでてくる日本の代表的花である。「幽霊の木」とも「ハンカチツリー」とも「鳩の木」いわれるハンカチの木は、頭状花序になり、2枚の苞葉に囲まれて、まるで白い布或はハンカチが垂れ下がったように見えるから希少の木である。花言葉の「清潔」のように本来のハンカチも綺麗であらねば・・・・。(1105)Huji1000 Huji1002 Huji1004 Huji1003 Davidia0992 Davidia0993 Davidia0994 Davidia0997

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2011年5月11日 (水曜日)

鈴鹿明神社

旅は夢を、ロマンを追い求めるものである!!

座間入谷にある鈴鹿明神社は、第29代欽明天皇の御代に創祀。伊邪那岐命(いざなぎのみこと)と素戔鳴命(すさのをのみこと)を御祭神としている。伊勢の鈴鹿郷の祭礼で海上渡御した神輿が暴風雨でこの地の入り江に流れ着き、これを住民が崇めて社殿を造営したのが創始のようである。江戸期には座間宿・座間入谷の総鎮守として祀り、鈴鹿大名神と崇め奉ったと伝えられている。当地は天平年間に鈴鹿王の所領であったことから今の社号がついた。往古東西西方平坦な水田で、その中央一丈余りの高所に鎮座していた。境内は船の形をし、数十の樫の古木が生茂り参道中央に銀杏の大木があり、まるで船の帆のようであり、その光景を里人は「舟形の森」、「樫の森」と親しんだようだ。昭和39年社殿の東側に千五百年前の地下式住居跡(縄文後期の遺跡)が発見されている。もしかしたら古代の祭祀遺跡が埋蔵されているかもの夢が。まさしく古代ロマンである。(1102)Suzukamyojinsya0434 Suzukamyojinsya0439 Suzukamyojinsya0441 Suzukamyojinsya0445 Suzukamyojinsya0438 Suzukamyojinsya0451 Suzukamyojinsya0436 Suzukamyojinsya0456

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2011年5月10日 (火曜日)

三輪山廣慶寺

旅とは自分の正しい姿に目覚めることである!!

町田市三輪町に曹洞宗(禅宗)「三輪山廣慶寺」はある。参道の両側には十二支と干支に対応したお坊さんの石仏が並んでいるところが独特である。廣慶寺の宗旨は1572年の安土桃山時代に円福寺(川崎高津区)第二世「最安慶初和尚」によって開基。大本山は永平寺(福井)と総持寺(鶴見)の二つ。ここ廣慶寺のご本尊はお釈迦様で、「世継観音さま」を祀っているこで知られている。仏法、仏心について考えさせられた教義に思いをめぐらしながら、ここから5分のところにある日蓮宗の妙福寺へと足を伸ばす。(1104)Koukeiji0701 Koukeiji0702 Koukeiji0704 Koukeiji0709 Koukeiji0710 Koukeiji0711 Koukeiji0713 Koukeiji0001

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2011年5月 8日 (日曜日)

相模原公園 クレマチスフェア 2011

旅は非日常における個人の熱中時間である!!

園内には日本最多と言う230種8千株があるクレマチス、早咲きの「柿生」、「ソルウエイグ」など大輪系が見ごろを迎えている。今年は3月発生した東日本大震災の被災地復興支援をうたった「クレマチスフェア ’11」が開催されている。「心優しさ」の花言葉のようにそうあらねばとささやかな義援金を寄付し、一日も早い復興を祈った。鉄仙が馴染み深いクレマチス(clematis)は、初夏を鮮やかに彩るつる性の宿寝草(キンボウゲ科センニンソウ属)で原種は300種(10系統分類される)、その多様な色彩、花姿から愛好家も多い植物(花)である。旅人が宿で安全に宿泊できるようにと宿の玄関などに植えられることが多く、旅人を優しく迎え入れることから「旅人の喜び」の花言葉もあるようだ。(1105)Clematis0853 Clematis0989 Clematis0974 Clematis0977 Clematis0969 Clematis0937 Clematis0952 Clematis0960 Clematis1019

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2011年5月 7日 (土曜日)

西日暮里公園

旅は実学の舞台である!!

この公園は、道灌山と呼ばれた頃、上野から派生する丘陵のもっとも高地にある。関道閑の屋敷跡(後に秋田藩佐竹氏の抱え屋敷となる)であったと伝えられ、江戸時代は今のように建造物もなく眺望もよく景勝地で知られて庶民の憩いの場であったという。また虫聴きの名所であったことから秋の夜長に涼を求めて集まる江戸庶民で賑わったようだ。道灌にまつわる説明板が建っている。なんとなくその名残が感じられる空間である。(1103)Nisintuporipark0003 Nisintuporipark0011 Nisintuporipark0010 Nisintuporipark0008 Nisintuporipark0009 Nisintuporipark0005 Nisintuporipark0006 Nisintuporipark0007

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2011年5月 6日 (金曜日)

長久山本行寺

寺旅は歴史・訓えと向き合うことである!!

昔は新堀村、そして日暮(ひぐらし)の里といわれた日暮里にある一茶ゆかりの寺である日蓮宗の長久山本行寺を訪れる。本尊は一塔両尊四士。また開基の太田資高(一族)の菩提寺でもある。大永6年(1526)江戸城内平河口に建立され、江戸時代に神田・谷中を経て、宝永6年(1709)、ここ日暮里に移転。景勝地であったことから「月見寺」とも呼ばれる。当寺を訪れた小林一茶は「青い田の 露をさかなや ひとり酒」の句を詠み、「陽炎や道灌どのの物見塚」の句碑が残っている。太田道灌が戦国時代に見晴らしのいいこの地に斥候台を築いたのが物見塚である。ここは秀吉(太田道灌の孫太田三楽斎資正に送られた書状9通が残っている)とも深い関係があるようだ。(1103)Hongyoji0072 Hongyoji0073 Hongyoji0074 Hongyoji0076 Hongyoji0079 Hongyoji0080 Hongyoji0075 Hongyoji0081

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2011年5月 5日 (木曜日)

相模原公園 牡丹とつつじ

旅の一歩は花便りから始まる!!

相模原公園の管理事務所脇には鉢植えだが牡丹、クヌギゲート駐車場道路沿いのつつじが見ごろを迎えている。牡丹は中国原産で日本へは奈良時代に渡来してきたが、弘法大師が持ち帰ったとの説もあるようだ。中国では国花として新年を祝う花となっている。花王、白王獅子、大極殿、烏羽玉など種類も多い。ピンク、赤の大輪の花は人の心、目を魅了する。花言葉のように「高貴」で「富貴」である。つつじは庭木を代表する落葉低木で、桜と並び日本の季節を彩る花のひとつで、咲く期間も長く親しみのある花であり種類も2000種を越すというから驚きである。日本庭先、庭園、公園、お寺に欠かせない存在で毎年「つつじ祭り」のイベントも催されほどである。花言葉は「愛の喜び」、「情熱」である。(1104)Botantutuji0890 Botantutuji0884 Botantutuji0886 Botantutuji0882 Botantutuji0896 Botantutuji0902 Botantutuji0901 Botantutuji0897

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2011年5月 4日 (水曜日)

寺家ふるさとの森

旅とは自然への慈しみ憧れから始まる!!

横浜青葉区北部にある約12ヘクタールほどの田園地帯を指し、周辺一帯は「寺家ふるさと村」を構成しており、「四季の家」を始め色んな施設を有している。広がるのどかな田園風景をバックにおりなす緑が「市民の森」となっている。森の中に三方向の散策路(森のコース、里のコース、川のコース)や大池/熊野池/むじな池の三個の池を抱えあたりの森の風景を写しこむ。森の一角には地元に親しまれている師岡の熊野神社を分社して建てられたという「熊野神社」もある。ふるさと村憲章(参考)とは「自然や農業は私たちの宝だ 遠い昔からこの土地は 全ての命を慈しみ 重んじていくことの素晴らしさが根付いている 人も同じ生き物だから 思いやりとやさしい気持ちを忘れずにいたい」。(1104)Jikehurusatuo0697 Jikehurusatuo0700 Jikehurusatuo0695 Jikehurusatuo0696 Jikehurusatuo0698 Jikehurusatuo0699

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