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2011年3月31日 (木曜日)

熊本城と本丸御殿 

無限大の感動と出会いを綴ること、それは旅歴を築くこと!!

加藤清正によって築城(慶長6年~12年)された「熊本城」は日本三名城のひとつに数えられる熊本のシンボルである。天守閣は美しい曲線を描く武者返しの石垣の上に聳える。城郭は周囲9K、広さ98万㎡の中に天守3、櫓49(中でも宇土櫓は第三の天守閣と言われる)、櫓門18、城門29を持つ豪壮で雄大な城である。天守閣の中には一口城主の名札が架けられている一角がある。2008年にオープンした本丸御殿、一階は書院造の照君之間(本丸御殿の中で最も格式の高い部屋で、壁や襖にモンゴルに嫁がされた王照君の物語が描かれている)、大広間(今回復元された中で最大の部屋「鶴の間」から奥に向かって「梅の間」「櫻の間」「桐之間」「若松之間」からなる)、縁側、大台所、茶室。大名文化の粋を集めた創建時の世界、華麗な全貌が間近で見れる。また地下には御殿への正式な入り口とされる「闇り通路」があり、基礎の石垣に架けられた梁、巨大な柱が御殿を支えている。(1103) Kumamotojyo1234 Kumamotojyo1248 Kumamotojyo1293 Kumamotojyo1299 Kumamotojyo1295 Kumamotojyo1246 Kumamotojyo1266 Kumamotojyo1254

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2011年3月30日 (水曜日)

大雲山金龍寺

旅、寺々の歴史、訓えから自分道を見出すことである!!

つつじヶ丘駅近くに「朱門の寺」として知られている明庵千光国師栄西禅師開祖の曹洞禅宗の大雲山金龍寺がある。本尊は釈迦牟尼佛、創建は建永元年(1206年)、本山は永平寺・総持寺である。源義経、弁慶らもこの地で休したようだ。また徳川家光将軍も狩猟の途次に休憩し「深谷山」の号を付し、十三石四斗の朱印を寄せたという。参道は住宅街を通り抜ける感じだが、とにかく朱塗りの山門が鮮やかで目に飛び込んでくる。境内には大慈悲観世音菩薩の像、大閻魔像(頼朝の祈願)、道元禅師像、八佛尊、十八阿羅漢尊者像(仏の教えを学び悟りえた、釈尊の高弟たちから選ばれた聖者)と見応えある像が立ち並ぶ。禅宗の要諦 (1)常に仏を念ずるは 己を念ずるなり。則ち己の現在あるを明らかにす。(2)常に仏を念ずれば 正道を直視し得て 心豊かに安所を得ん。(3)常に仏を念ずれば 事の触れて畏るゝ所なし。心願成就光明の道開かれん。=釈遠孫比丘公人。(1103)Kinryuji1055 Kinryuji1056 Kinryuji1059 Kinryuji1081 Kinryuji1075 Kinryuji1080 Kinryuji1064 Kinryuji1068 Kinryuji1060

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2011年3月29日 (火曜日)

加藤神社

旅とは実物大の本物に触れることである!!

名の通り、戦国時代の智仁勇兼備の武将、熊本発展の礎となっているセイショコサン=「加藤清正公」を主祭神とする神社である。元は慶長16年=1611年の清正の歿後に清正を祀った浄地廟であったが、慶長19年、火災で消失した本妙寺が浄地廟に移された。日本三名城の一つである熊本城築城と富国安民の国づくり政策(土木・治水工事・干拓・開墾・植林・交通・街道つくりや産業奨励、学問奨励等々)を推進するなどその偉業は限りない。清正公の50年の人生(生涯)は至誠にして高潔なる人格者、尊崇敬慕された理想的日本人、熊本の発展に尽力された大恩人を祀る、肥後の総鎮護とされる神社。まさしく対面しているようである。境内には太鼓橋、旗立石、大手水鉢など清正公の縁のものがある。また境内から見上げる大小天守閣、宇土櫓の眺めは絶景である。(1103)Kathojinja1307 Kathojinja1310 Kathojinja1319 Kathojinja1308 Kathojinja1311 Kathojinja1312 Kathojinja1313 Kathojinja1315

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2011年3月28日 (月曜日)

医王山国分寺

旅地文化は創造的な「生成」の物語として見ることである!!

日本最大の寺院であった武蔵国分寺は奈良期、8世紀の頃に聖武天皇により全国の60余ヶ国に国営寺院を配置するよう命じられ建てられた寺院である。武蔵国では武蔵国府(府中市)から北へ2Kmの国分寺市が選ばれた。消失した武蔵国分寺は江戸時代の社寺保護政策により徐々に復興され、1733年に本堂が建立された。ご本尊は薬師瑠璃光如来/十二神将である。山号は「医王山」。現在の本堂は昭和62年に改築されたものである。境内には薬師堂と仁王門(新田義貞建立)、文化財保存会館や万葉植物園(万葉集より当時の歌人たちが題材にした160種の植物)がある。境内前には風格ある江戸時代建築様式の楼門(板金葺、東久留米から移築 )が堂々と構えている。また近くには奈良時代武蔵国の政治・文化の中心として栄えた武蔵国分僧寺跡(国史跡、伽藍、七重塔跡→整備中)、武蔵国分寺尼寺跡が残されている。(1103)Kokubunji0901 Kokubunji0899 Kokubunji0876 Kokubunji0870 Kokubunji0869 Kokubunji0853 Kokubunji0839 Kokubunji0862

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2011年3月26日 (土曜日)

機上からの下界(空撮)

旅とは写真することである!!

熊本空港を飛立ち安定飛行に入ると機内の窓からは綺麗なうねりを見せる山並みと果てしない雲海が広がる。一万メートル近い高さを飛んでいることが実感できる。一時間半のフライト、いよいよ千葉方向から羽田空港へ着陸態勢に入ると眼下には「アクアライン=海ほたる」が見えてくる。車が動いているということは地震の影響はなさそうである。上空より被災地の一日も早い復興を祈らずにはいられない。(1103)Kuusatu1358 Kuusatu1359 Kuusatu1361 Kuusatu1365 Kuusatu1375 Kuusatu1376 Kuusatu1378 Kuusatu1367

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2011年3月25日 (金曜日)

桜の馬場 城彩苑

旅とは旅地求真である!!

今月5日にオープンしたばかりの「桜の馬場 城彩苑」を訪れる。城下町として栄えた熊本、日本三名城のひとつ肥後熊本城のすぐ下に江戸時代の城下町を再現、その桜小路のエリアには熊本県下の選りすぐりの23のお店が集まり並んでいる。同じエリアに歴史文化体験施設の「湧々座」が併設されておりバーチャルで熊本の歴史を体感・タイムスリップできる。またひとつ熊本の観光名所が増えたことになる。(1103)Jhosaien001 Jhosaien1283 Jhosaien1322 Jhosaien1323 Jhosaien002 Jhosaien1331

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2011年3月24日 (木曜日)

旗上弁天社

旅は自身の見聞録創りである!!

鶴岡八幡宮の源氏池に浮かぶ島に建てられている神社=旗上弁天社へ。源頼朝の旗挙げに家運長久の守護神として弁財天が現れ霊験があったと伝えられ、北条政子が平家の滅亡を祈願し建立したとも伝えられる弁財天である。現在の社殿は鶴岡八幡宮創建800年にあたる昭和55年に復元されたもので、参道には社名のとおり二引の白旗が並ぶ。ご祭神は多紀理毘売命、多岐都比売命、市寸嶋比売命。弁財天座像は国重要文化財で鎌倉国宝間に寄託されている。武の神・財運を授ける神・福徳開運芸能の福神であるという弁天社、心に留めておきたい。(1011)Hatauebentensya0945 Hatauebentensya0946 Hatauebentensya0947 Hatauebentensya0948 Hatauebentensya0949 Hatauebentensya0950

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2011年3月22日 (火曜日)

栗原山崇福寺

旅地には旅地ならではの時間がある!!

座間市栗原に臨済宗建長寺末寺の「栗原山崇福寺」はある。ここ崇福寺は鎌倉府の頃、小野武蔵守義孝武蔵国豊島より相模国横山栗飯原に移住地名を称し横山太夫義孝と改む。子孫応永22年甲子太郎右衛門開基。開山は仙渓僧才禅師。本尊は定朝の作の釈迦如来であ、また観音像は源信作といわれいてる。裏山の歴代僧墓地に開山仙渓僧才の墓塔、法堂祖輪尼寺首座の無縫塔、キリシタンに関係するマリア地蔵がある。更に1200から1300年前の人々のお墓である北横穴墓群がある。ここ栗原に由緒ある禅寺の存在を知りえたことは収穫であった。(1102)Souhukuji0689 Souhukuji0706 Souhukuji0692 Souhukuji0696 Souhukuji0704 Souhukuji0697 Souhukuji0700 Souhukuji0699

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2011年3月21日 (月曜日)

万松山延命寺

旅、それは日々是好日!!

松田町にある文明4年(1472年)に創建、聖観音菩薩と薬師如来を本尊とする曹洞宗万松山延命寺へ。山門、関東大震災にも耐えたという朱塗りの仁王門、そこを潜ると行基の発願によって宝亀元年(770)建立された朱を挿した観音堂、奥に本堂がある。延命時は東国花の寺百ヶ寺のひとつで牡丹(2000株)、ウメ、桜、ツツジ、ざくろなどが寺を彩る。特に牡丹祭りが開催される4月中旬から下旬は賑わいをみせるという。なんとしても一度は被写体にしてみたいものである。(1102)Enmeiji0683 Enmeiji0684 Enmeiji0651 Enmeiji0652 Enmeiji0655 Enmeiji0666 Enmeiji0668 Enmeiji0667 Enmeiji0650

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2011年3月19日 (土曜日)

料亭「田吾作」

旅とは本物を知る、こころの贅沢を求めるものである!!

明治28年加藤清正の菩提寺本妙寺(熊本)の参道、旧細川藩邸の跡地に料亭「田吾作」は創業した。昔は上級公務員の接待の場として使われていた高級料亭で名が通っており庶民には高嶺の花的存在で敷居が高かったが、近年はリーズナブルとなった。鯉が泳ぐ池の周りに四季折々の花が咲き、鳥がさえずる日本庭園を囲むように8つの座敷がある。その日本庭園を眺めながら吟味された郷土の食材をふんだんに使い贅を尽くした老舗の会席料理に舌鼓を打った。歴史と伝統の漂う空間でなんとも優雅なひと時を過ごすことができた。これぞ心の贅沢というものなのであろうか?(1103)Tagosaku1201 Tagosaku1202 Tagosaku1204 Tagosaku1205 Tagosaku1207 Tagosaku1208 Tagosaku1210 Tagosaku1211

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2011年3月16日 (水曜日)

東光院

旅というのは不確定要素が多いのが魅力である!!

小田急線鶴川駅から世田谷町田線を東京側に少しバック、岡上跨線橋を渡ると鬱蒼とした繁った森の中に東光院がある。本尊は大日如来像。創建は不詳だが江戸時代に作られた「新編武蔵風土記稿」には天正の頃(1573~1592年)までに十一代に及ぶと記されている。寺名も鎌倉道に向かい東向きに建てられていることに由来する。江戸時代に建築された本堂、位牌堂、仁王門、庫裏、書院の他、木造兜跋毘沙門天像は市の重要歴史記念物となっている。広い境内はツツジ、ウメ、サルスベリ、イトヒバ、イチョウ、カキノキなどの多くの花木がありよく手入れされた庭となっている。(1102)Thokhoin0542 Thokhoin0543 Thokhoin0544 Thokhoin0546 Thokhoin0547 Thokhoin0552 Thokhoin0556 Thokhoin0559

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2011年3月14日 (月曜日)

殿ヶ谷戸庭園

一つ一つの旅が人生の目標、糧を得るためのものである!!

昭和54年開園の殿ヶ谷戸庭園は大正初期、田園風景豊かな国分寺駅前の地に江口定篠氏(満鉄副総裁)が創設(赤坂の庭師「千石」による)し、昭和4年に三菱財閥の岩崎弥太郎氏によって築造整備(津田鑿により本館、茶室:紅葉亭を造る)された和洋折衷の回遊式林泉庭園である。昭和49年に東京都が買収するまで岩崎氏の別邸であった。さほど大きくないが広さは約18,000㎡、武蔵野台地の傾斜地に位置し、国分寺崖線といわれる窪地と崖下から湧き出る地下水を利用し、武蔵野の面影を残している。別の世界がある。武蔵野に自生していた野草や昆虫などの生き物が数多く見られ、四季折々の表情をみせる景観は都内の近代庭園のひとつである。園内の次郎弁天池には水量豊かな湧き水の窪池があり他の庭園にない特徴を有し平成10年、都の名勝に指定された。(1103)Tonogayato_gardens0924 Tonogayato_gardens0925 Tonogayato_gardens0931 Tonogayato_gardens0933 Tonogayato_gardens0937 Tonogayato_gardens0942 Tonogayato_gardens0944 Tonogayato_gardens0947

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2011年3月13日 (日曜日)

寒田神社

旅とは歴史と向き合い日常性を脱却することである!!

松田町にある寒田神社を参詣。ご祭神は倭健命(やまとたけるのみこと)、弟橘比売命、菅原道真、誉田別命である。案内板には、西暦400年頃の古代に創建、延長5年(927)国が作成した延喜式神名帳に相模国十三座の内「足上郡一座小寒田神社」と明記されている古い神社のようだ。境内には樹齢数百年以上の古木が残り所1諸願達成の篤い信仰が今日も継承されている。この地は箱根超えの一番古い古道である足柄峠を超えて関東に位置し、弟橘比売命が東征のおり立ち寄ったのを機会に倭健命をお祀りしたといわれている。昭和46年、由緒ある神社ということで町より「史跡」として指定された。(1102)Samutajinjya0626 Samutajinjya0645 Samutajinjya4846 Samutajinjya4844 Samutajinjya0641 Samutajinjya0642 Samutajinjya0630 Samutajinjya0633

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2011年3月12日 (土曜日)

お鷹の道と真姿の池

旅とは旅地の宝物を見届けることである!!

国分寺を通り過ぎると「お鷹の道」、「真姿の池」への繋がる遊歩道が数百メートル続く。湧水群の清流沿いは江戸時代のお鷹場に由来するお鷹の道。右側には清流が流れ、両脇の樹木には花が咲き、ホタルの池もあり情緒たっぷりである。「真姿の池」は、848年、重い病に苦しんでいた絶世の美女玉造小町は、国分寺を数十回参詣し、一人の童子が現れ「池で清めよ」との霊示をうけ快癒したとの伝えがある池である。訪れたこの日もペットボトルに良質の名水(湧水)を求めている人がいた。(1103)Otakanomichi0883 Otakanomichi0878 Otakanomichi0881 Otakanomichi0884 Otakanomichi0885 Masugtankike0890 Otakanomichi0891 Otakanomichi0893

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2011年3月11日 (金曜日)

武蔵国分寺公園

旅地は自然の魅力溢れるスタジオである!!

歴史のかおる緑と水のオアシス。旧国鉄の中央鉄道学園の跡地(面積は108,839㎡)にさくら、ケヤキ、イチョウなどの巨木や滝、池、噴水がバランスよく配置されている。水と緑のゆったりと広々とした公園である。芝生広場、ふれあい橋、武蔵の池、扇の滝、霧の噴水、出会い橋など縁の名が付いている。この周辺は埋蔵文化財包蔵地であり、近くに武蔵国分寺やお鷹の道や真姿の池があり、周辺はハケといわれる湧水群となっており、日本名水百選に選ばれているほど清らかで美しい。(1103)Kokubunji_park0919 Kokubunji_park0907 Kokubunji_park0910 Kokubunji_park0911 Kokubunji_park0912 Kokubunji_park0913 Kokubunji_park0917 Kokubunji_park0826

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2011年3月 8日 (火曜日)

見里山三輪院高蔵寺

私流の旅定義を持つこと大事である!!

町田市三輪町にある「東国花の寺」シャクナゲの寺で知られる真言宗の高蔵寺へ。多摩八十八ヶ所の第10番所でもある。開山は康安3年(1363)、開基は権大僧都法印定有と伝えられている。本尊は大日如来像で本堂に安置されている。詩人北原白秋が訪れ「高蔵寺 しずかや散葉眺める 梢の柿のつやつやしろい」と詠んでいる。風神、雷神、仁王像の護る山門くぐると左に怒りを内に秘めた形相の吽形金剛力士像、右に怒りを外に顕にした阿形金剛力士像、弘法大師像が迎えてくれる。その奥に本堂がある。。境内には高蔵寺七福神、30種1500株のシャクナゲが植えられている。また住職お手製の池を配置した庭園が美しいが、その空間の中にも全体的に力強さがあるお寺である。(1102)Khozoji0539 Khozoji0504 Khozoji0505 Khozoji0508 Khozoji0511 Khozoji0513 Khozoji0534 Khozoji0516

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2011年3月 6日 (日曜日)

江ノ島の夕日

旅地には今しか撮れない光景がある!!

夕方、西へと沈む太陽。その光の幻想的な美しさにみな惹かれる。ここ江の島も今日の終りを告げるかのように海面を赤く照らし伊豆半島の方に沈みゆく。束の間のシャツターチャンスしか与えてくれない。夕日(夕陽)は多くの物語や映画の中で茜色に染まる空、長く伸びた影、朱く染まった街並みに溶けていくシーン、海に吸い込まれるように沈む夕日に向かって叫ばれた言葉、時に夕日は青春の象徴だったり、主人公を包むように見守ったり、ラストシーンの背景となったり演出してくれる不可欠の存在だ。(1011)Enoshima_yuhi0407 Enoshima_yuhi0963 Enoshima_yuhi05568 Enoshima_yuhi05570 Enoshima_yuhi05588 Enoshima_yuhi05589 Enoshima_yuhi0965

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2011年3月 5日 (土曜日)

荏柄天神社

旅は心の贅沢を求め蓄えるものである!!

荏柄天神社の境内に鶴岡八幡宮の大銀杏に次ぐ大きさという大銀杏(樹齢900年、高さ25m、胴回り10m)が聳え、まさしくシンボルとなつている。御祭神は菅原道真、八雲大神(須佐男命)、創建は1104年(長治元年)と伝えられている。荏柄天満宮とも称され、幕府の鬼門の守護神でもあり、北野天満宮、大宰府天満宮とともに日本3代天神のひとつである。1590年、豊臣秀吉も参拝、家康に社殿造営を命じたともいわれている。三間社流造りの朱色の本殿は鶴岡八幡宮造営の余った木材で修理し、鎌倉最古の木造建築として国指定の文化財となっている。境内左側に絵筆塚(横山隆一などの)がある。(1011) Egaratenjin0917 Egaratenjin0919 Egaratenjin0921 Egaratenjin0924 Egaratenjin0926 Egaratenjin0927 Egaratenjin0925 Egaratenjin0922

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2011年3月 3日 (木曜日)

妙法山星谷寺

旅は時として歩く巡礼と化す!!

座間入谷にある真言宗のお寺で坂東三十三ヵ所第八番札所の妙法山星谷寺へ。今回で5ヶ所目の参詣である。本尊は観世音菩薩で「星の谷観音」と呼ばれている。創立は天平年間。江戸時代、大山講で賑わったという星谷寺は「基地は山叡幽邃にして清泉せん湲たり星影水中に映じ暗夜も白昼の如くなれば土人星谷と呼べり」とあり、どうゆら寺号はこの故事に由来している。観音堂にある「寝下がり紅葉」や鎌倉時代鋳造の日本最古の梵鐘、星の井戸、楠の化石、中風に効くといわれる観音草、季節はずれの不断開花の桜五通りの花をつける椿など七不思議の寺といわれている。ご詠歌「障りなす 迷ひの雲を ふき払ひ 月もろともに 拝む星の谷」。(1102)Syokokuji0393 Syokokuji0394 Syokokuji0400 Syokokuji0403 Syokokuji0405 Syokokuji0399 Syokokuji0398 Syokokuji0408_2 

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2011年3月 2日 (水曜日)

WJBLプレイオフ・セミファイナル 第3戦

旅とは可能性の限界に挑戦することである!!

代々木第二体育館で19時から行われたデンソー対トヨタのプレイオフ・セミファイナル第3戦を観戦(応援)する。これまで1勝1敗、今日勝った方がファイナルへ駒を進める大事なゲームである。コート上での激しい攻防、このゲームに懸ける両チームの意気込みが伝わってくる。固いディフェンス、フリースロー、スリーポイントシュートの精度、確率の差が明暗を分けた。最大でも6点差という一進一退、拮抗した実に面白いゲーム展開であったが、結局71:66と接戦を制したトヨタがファイナル出場(2年連続)となった。夢・目標に向って体を張って追いかける彼女たちのひた向きな姿勢に心うたれる。(1103) Wjbl_semi_final0731 Wjbl_semi_final0732 Wjbl_semi_final0779 Wjbl_semi_final0780 Wjbl_semi_final0805 Wjbl_semi_final0810 Wjbl_semi_final0763 Wjbl_semi_final0821

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