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2010年9月30日 (木曜日)

軽井沢御膳水

追分宿の真ん中(高札場より少し東)、ホテル鹿島ノ森の敷地内にある小さな渓谷に静かで清らかな水がこんこんと湧き出る「御膳水」は癒しのスポットとして知られている。江戸時代から水質もよく湧水量も多く地元では「お水端」と呼ばれ親しまれていた。諸大名や宮家などの御膳に用いられたことからこの名が付いた。明治天皇が軽井沢宿で昼食をとられた時もこの湧水が御膳水として使われたとか。ここから湧き出る水が「雲場池」(スワンレイク)へ注ぎ込まれている。(1009) Gozensui0144 Gozensui08962 Gozensui0132 Gozensui0134 Gozensui0136 Gozensui0139

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2010年9月28日 (火曜日)

巾着田の曼珠沙華まつり2010

旅とは幻想的空間にて季節の彩りを堪能することである!!

ここ巾着田の曼珠沙華公園の形は日高市内を流れる清流高麗川の蛇行により長い年月をへて造られたという。約22ヘクタールの川に囲まれた平地の木々の中に100万本の彼岸花が群生している。林を埋め尽くすように咲き誇る彼岸花は、まるで真紅の絨毯を敷き詰めたかのようで、その妖艶で幻想的な美しさに魅せられてしまう。初秋を彩るこの花を見ているとなんとも心穏やかな気持ちにさせられてしまう。(1009) Kinchakuda07702_2 Kinchakuda07700 Kinchakuda07698 Kinchakuda3530 Kinchakuda3574 Kinchakuda3536

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2010年9月26日 (日曜日)

軽井沢・芭蕉句碑

旅地は旅の本質を探る学びの泉である!!

万平ホテル、室生犀星記念館から矢ヶ崎川沿いにお気持ちの道を歩いていくと大宮橋を渡った右手に芭蕉の句碑がある。芭蕉が中仙道を旅した時、目にした句「馬をさへ なかむる雪の あした哉」(野ざらし紀行)が刻まれている。天保14(1843)年、地元の門下生小林玉蓬によって建立された。(1009)Bashoku0066 Bashoku0065 Bashoku0067 Bashoku0068 Bashoku0069

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2010年9月24日 (金曜日)

軽井沢万平ホテル

旅とは日常の喧騒を逃れ非日常の時空に身を委ねることである!!

矢ヶ崎公園から万平通りの終点にある万平ホテルは軽井沢一を超え日本を代表する純西洋風のクラッシックホテル。国内外の多くの著名人が滞在&宿泊したことでも知られる万平ホテルの前進は、江戸後期佐藤万右衛門が開業した旅籠「亀屋」である。開業は1894年と言うから一世紀をこす歴史を刻んでいる。白塗り壁と黒褐色の柱梁を基調としたハーフティンバーの外観が印象的な木造建築である。本館アルプス館、ウスイ館、アタゴ館、コテージ、コンベンションホールからなり、和洋折衷のインテリアやステンドグラスなど内部は美しく軽井沢初の西洋ホテルとしての存在感、レトロ感、風格が漂っている。一度は静かな時が流れる旅の塒にしてみたいものである。(1009)Mampei_hotel08941 Mampei_hotel0030 Mampei_hotel0034 Mampei_hotel0043 Mampei_hotel0047 Mampei_hotel0039 Mampei_hotel0041

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2010年9月23日 (木曜日)

堀の内妙法寺 その1

旅とは消滅と完成を見極めることである!!

元和年間(1615~24)に日圓上人が中興開山と伝えられ、厄除けの「おそっそさま」(お祖師さま)として知られ、今も全国から参拝者が訪れるという日圓山妙法寺(堀の内妙法寺)へ。ここは身延山久遠寺直末でもある。二層造りのため桜門と呼ばれる仁王門(山門)を潜ると、広大な境内に建ち並ぶ妙法寺で最も大きな堂の祖師堂(日蓮大聖人を奉る)、本堂、額堂、日朝堂、二十三夜堂など歴史的建造物に心奪われる。またここには堀の内に所縁のあった有吉佐和子の碑がある。(1009)Myohoji0222_2 Myohoji0225_2 Myohoji0210 Myohoji0211 Myohoji0235 Myohoji0237

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堀の内 妙法寺 その2

境内には妙法寺の水屋といわれる天明の水(手水舎)は天明2年から涸れることなく清水をたたえている。享保4年日弘上人の代に鋳造されたという鐘楼、梵鐘には「鐘の音は妙法の声、鐘を打てば仏と一つになる」と言う意味の文字が刻印されてると言う。境内の裏には石造りの五重石塔と子育観音が立っている。観音様のように清らかで慈しみ深くありたいものであり、こういう聖域では心を無にしなければならない。(1009)2myohoji0240 2myohoji0227 2myohoji0220 2myohoji0229 2myohoji0231 2myohoji4130

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2010年9月22日 (水曜日)

軽井沢・室生犀星記念館

旅とは時として小説の舞台&作品の背景を読み解くことである!!

避暑地軽井沢の発展は文人・詩人・俳人・作家の活躍が大きく関係したと言われる。詩情小曲集など多くの詩歌で詩壇に登場した室生犀星もそのひとりで、ここ軽井沢をこよなく愛し、1931(昭和6)年、東京田端の家を引き払い大塚山の麓に小さな和風の山荘を建てた。犀星はこれを「コオロギ箱」といい、亡くなるまで過ごした旧居が記念館となっている。庭は亭々と聳えるモミやカラマツ林が日陰をつくり緑の苔が絨毯を敷き詰めたかのように美しい。時間が止まっているかのような静けさの中で、文学史に残る多くの作品が執筆された。いかにも軽井沢らしい面影が残るところであった。「きりふかき しなののくにに こほろぎの あそぶお庭を我はつくるも」。(1009)Muro_saisei0050 Muro_saisei0060 Muro_saisei0051 Muro_saisei0061 Muro_saisei08945 Muro_saisei0053

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2010年9月17日 (金曜日)

旧白洲邸=武相荘

旅とは自学主義の行動表現である!!

鶴川から平和台入口で下車、左折し緩やかな坂を上がって行くと2001年にオープンした「武相荘」がある。武相荘は白洲次郎・政子夫妻が住んでいた旧邸である。武蔵と相模の境にあった地に因んで、また次郎独特の一ひねりの気持ちで「無愛想」をもじり「武相荘」と名付けたようだ。茅葺屋根の母屋・納屋が公開されており、夫妻の書斎や、家具や持ち物、写真、農機具が展示されている。白洲次郎は終戦直後の連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)支配下の日本の吉田茂の側近として活躍。昭和26年サンフランシスコ条約講和会議全権団顧問として随行もした。また白洲政子は作家・随筆家として知られている。受付から長屋門をくぐった敷地内は樹木や竹林、草花に静寂のベールに包まれたこの空間は別世界の感がある。(1009)Buaiso0328 Buaiso0001 Buaiso0329 Buaiso0330 Buaiso0333 Buaiso0341 Buaiso0338

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2010年9月13日 (月曜日)

天羅山真盛寺

旅には人生を示唆する道、訓えがある!!

妙法寺に行く途中に真盛上人が興した天台宗の東京別院「天羅山養善院真盛寺」がある。本尊は阿弥陀三尊立像である。真観上人によって1631年(寛永8年)に今の湯島天神前に開創。その後数箇所の移転を経て1925年(大正11年)現在地に。三越の前身の越後屋の菩提寺であることから「三井寺」とも呼ばれた由緒ある寺。長い参道、山門、静かな境内には本堂、鐘楼、なによりも目白の旧細川候爵邸から移築された書院造りの「客殿」、「庫裏」は建築当時のままというから歴史的価値がある。(1009)Shinseiji0200 Shinseiji0203 Shinseiji0205 Shinseiji0214 Shinseiji0218 Shinseiji0221

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2010年9月12日 (日曜日)

フェスタまちだ2010 町田エイサー祭り

旅とは時として祭事に遭遇し酔いしれるものである!!

町田駅周辺の7会場が沖縄一色となって熱気に満ち溢れている。町田をはじめ全国から全25チームのエイサー団体(総勢1000名)が集結、踊りの祭典が9.11と9.12の2日間行われている。今回24回というから歴史が感じられる。ぽっぽ町田会場で3チームのエイサーを鑑賞する。エイサーは沖縄県でお盆の時期に祖先の霊を送迎するため歌と囃子にあわせ踊られる伝統芸能であるが、最近はこうしてイベント化されている。(1009)Machida_festa_0001 Machida_festa0319 Machida_festa0312 Machida_festa0327 Machida_festa0325

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2010年9月11日 (土曜日)

蚕糸の森公園

旅とは自然・植物の競演を楽しむことである!!

ここは1980年蚕糸試験場が筑波に移転した跡地にできた公園で、広さは27146㎡。当時の建物のうち門と守衛所が事務棟として残されていてなかなか風格がある。つどいの広場には大滝が左右に弧を描いて毎分11.5㎥の流れ落ちる水音が暑さを忘れさせてくれる。憩いの広場には池が配置され池面に青い空、木々が映える。そのほか遊びの広場、スポーツ広場があり、エリアを囲むスズカケ、ヒマラヤスギ、クチナシ、ジンチョウゲ、ロウバイなど樹木・花々が四季の移ろいを感じさせてくれそうだ。(1009)Sanshinomori_park0187 Sanshinomori_park0185 Sanshinomori_park0191 Sanshinomori_park0194 Sanshinomori_park0252 Sanshinomori_park0253

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2010年9月 6日 (月曜日)

富岡八幡宮 三末社

ここ富岡八幡宮の境内には本社の支配を受ける小神社といわれるいくつもの末社(摂社に次ぐ格式)がある。深川不動側からの鳥居を潜ると本殿横の一角に三末社があった。左から金刀比羅社(大物主命)・富士浅間社(木花咲耶姫命)、中央に恵比須社(事代主命)・大黒社(大国主命)、右に鹿島神社(武甕槌命)・大島神社(天日鷲命)が並び、それぞれ御祭神が祀られている。(1005)Cimg2514 Cimg2512 Cimg2513 Cimg2511

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2010年9月 5日 (日曜日)

旧江向家&旧佐々木家住宅(日本民家園)

旅とは建造物の歴史の原点を見聞することである!!

江向家住宅は江戸中期の建築で昭和44年重要文化財となっている。富山の五箇山の一村、平上村の合掌造り民家である。切妻造り、茅葺、一重三階でなかなか趣がある。佐々木家住宅は江戸時代の建築で昭和42年重要文化財となっている。長野県の南佐久郡の農家の住まいで寄棟造り、茅葺、一部中2階となっており、二軒とも信越地方の住宅らしい特徴を有していることがわかる。(1005)Emukajyutaku3036 Emukajyutaku3037 Emukajyutaku3038 Emukajyutaku3039 Sasakikejyutaku3031 Sasakikejyutaku3034

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