« 2010年6月 | トップページ | 2010年8月 »

2010年7月30日 (金曜日)

座間ひまわり祭 2010年

旅とは自然の演出に心うたれるものである!!

ひまわりは座間の市花ということもあり、6ヶ所の休耕農地をひまわり畑へと力を入れたようだ。その一つが栗原地区90aの地に11万本ひまわりが植えられていて満開を迎えている。足組みされた仮展望台の上に立つと、黄色い絨毯を敷き詰めたかのような美しいひまわり畑全体が一望できる。漢字では向日葵、日輪草と書くように太陽の方向を向いて咲く花、夏の花として季語にもなっている。ひまわりの花言葉は「あこがれ、光輝、敬慕、熱愛」であり、この時期ならではの情熱的な花、心に留めておかねば・・・・。(1007)Zama_himawari4247 Zama_himawari4266 Zama_himawari4251 Zama_himawari4255 Zama_himawari4260 Zama_himawari4240

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年7月28日 (水曜日)

旧鈴木家住宅(日本民家園)

宿場の門を入ると右手にある福島市松川町より移築された旧鈴木家住宅へ。建物は表側の揚戸・座敷の格子窓・軒のせがい造など江戸時代後半の典型的な宿場建築で奥州街道の八丁目の宿場町にあった馬宿(ウマヤ)である。土間に内馬屋を設け、12頭の馬がつなぐことができ、2階には馬方が泊まる客間という造りであった。寄棟造、茅葺で県指定の重要文化財となっている。(1005)Suzukikejyutaku3014 Suzukikejyutaku3018 Suzukikejyutaku3015 Suzukikejyutaku3017 Suzukikejyutaku3016

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年7月26日 (月曜日)

亀ヶ池八幡宮

旅とは時として神に己の全てを奉告することである!!

古くより上溝の地に鎮座し八幡大菩薩と称される北相模の農耕開拓の守護神といわれている亀ヶ池八幡宮へ。元弘元年創建、暦応2年に社殿を再建、慶安2年幕府より社領として七石の朱印を受けているという歴史的建物のようだ。祭神は応神天皇。ここは県内では珍しい当宮一ヶ所で「七福神」全てお参りできる神社として、ご神木の「夫婦いちょう」を潜って参拝すると良縁・良い仕事に恵まれる、また境内にある「ゴールド神社」では車のお祓いができることから交通安全祈願する人が後を絶たないらしい。神社にあった池にたくさんの亀がいたことから「亀ヶ池」と呼ばれ、御神像(束帯姿の木造座像)は市内最古のもので重文財となっているようだ。(1007)Kamegaikehachimangu4207 Kamegaikehachimangu4210 Kamegaikehachimangu4212 Kamegaikehachimangu4221 Kamegaikehachimangu4217 Kamegaikehachimangu4226

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年7月24日 (土曜日)

大賀ハス 薬師池公園

旅とは細胞で生きていることを感じることである!!

大賀ハス開花の報せに誘われ町田の薬師池公園を訪れる。ハス田にはピンク色したハスがこの暑さを待っていたかのように可憐な花びらを広げている。千葉の検見川遺跡から発見された三個の実のうち一個が大賀先生の手で見事に発芽・開花した。二千年の眠りから蘇ったハスの花としてあの時話題となった。その後全国にそしてここ薬師池公園にも株分けされ、今や海外に株分けされ友好親善の役までも果たしている。この花の独特の美しさは心癒されるが、二千年前の人の心をも打っていたのかと思うと愛おしくもその生命力に驚かされる。仏像の台座の形にも使われているハス、どこか神聖なものを感じる。万葉集から「久々の 雨も降らぬか蓮葉に たまれる水の 玉に似たる見む」。(1007)Yakushiike_hasu07572 Yakushiike_hasu07569 Yakushiike_hasu3423 Yakushiike_hasu07568 Yakushiike_hasu07567 Yakushiike_hasu07564

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年7月22日 (木曜日)

高幡不動尊 その2

宝輪閣、不動堂(東京都最古の文化財建造物)、奥殿外観(中には丈六不動三尊像他が収蔵)、大日堂(高幡山の総本堂)など建造物群に加え、さらに境内のあちこちに句碑(豊泉翁/誓子)や像(大師像)、花塚他いくつもの史跡、重文財があり見応え十分である。豊泉翁の句「如来来て 掌に受け給う 枝垂梅」。(1002)Takahatahudo0878_2 Takahatahudo0880 Takahatahudo0906 Takahatahudo0908 Takahatahudo0924 Takahatahudo0894

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年7月19日 (月曜日)

原家住宅(日本民家園)

旅とは時空を超えて体感することである!!

正門を入ると右側に先ず目に付くのが、江戸時代の流れを汲む木造建築技術が最も高度に発達した明治後半期の建物で、完成までに22年の歳月を費やしたという豪華な二階建て民家の原家住宅である。早速中に入ってみると往時の生活空間が残されておりまるでタイムスリップしたかのような不思議な感覚である。(1005)Harakejyutaku3010 Harakejyutaku3008 Harakejyutaku3009 Harakejyutaku3099 Harakejyutaku3012 Harakejyutaku3013

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年7月17日 (土曜日)

品川神社

旅は自学主義に徹することである!!

東京十社のひとつで拝殿・舞殿が目を惹く品川神社へ。ここは1187年文治3年源頼朝が海上の交通安全と祈願成就の守護神として、安房の国洲崎明神・天日理乃咩命を勧請し、品川大明神と称し今の社名に改めた。また1600年徳川家康が関ヶ原の戦いに出陣するとき祈願し、奉納した大々神楽が都の無形文化財に指定されいるという。鳥居と茅の輪を潜った左脇には富士塚と、その裏手にある蛙像は富士・蛙=無事帰るの駄洒落らしくなんともユーモラスである。(1007)Sinagawajinjya4139 Sinagawajinjya4153 Sinagawajinjya4152 Sinagawajinjya4165 Sinagawajinjya4169 Sinagawajinjya4167

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年7月14日 (水曜日)

平塚神社

旅とは心身の感度を磨くことである!!

上中里駅から蝉坂を上ったところにある浅見光彦で有名な平塚神社へ参る。社殿の奥には非公開だかここ平塚の地名の元にもなった「甲冑塚」がある。「武略神に通じ、騎射神の如し」と言われた平安時代末期の武将である八幡太郎源義家と二人の弟である義綱、義満を祀っている。またここ一帯は豊島郡の群衛があった所で、平安末期に豊島近義が築いた平塚城があったというから中々由緒あるところのようだ。(1005)Hiratukajinjya2446 Hiratukajinjya2460 Hiratukajinjya2447 Hiratukajinjya2459 Hiratukajinjya2455 Hiratukajinjya2458

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年7月12日 (月曜日)

蓼科湖

旅とは心から日本を、日本人であることを思うことである!!

茅野市からビーナスラインを上り、蓼科高原ゴルフ場を抜けた蓼科山の南麓に1952年農業用温水溜池として造られたという小さな人造湖の蓼科湖へ立ち寄る。今の時期人でもなくひっそりと周囲をカラマツや白樺の林に囲まれた湖面が蓼科山を映すだけの静けさであった。ホテルに泊まり温泉にでも浸かりこの光景独占してみたいものである。(1006)Tateshinako3942 Tateshinako3940 Tateshinako3941 Tateshinako3943 Tateshinako3944

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年7月10日 (土曜日)

車山高原

旅とは穏やかに流れる満ち足りた時間に埋没することである!!

蓼科から優美なラインを描きながら天空へ続くビーナスラインを走り、百名山・霧が峰の最高峰「車山」を中心になだらかに広がる車山高原に立つと、そこは果てしない草原と遮るもののない360度(山岳パノラマ)の世界を魅せてくれる。旅心をくすぐるこの自然の景観美、溶岩噴出によって形成されたのであろうが、一体どれほどの時を要したのだろうか?ここ車山には昔、天狗様が住んでいたという民話が残っているというが・・・・・。(1006)Kurumayama3903 Kurumayama3913 Kurumayama3919 Kurumayama3920 Kurumayama3928

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年7月 7日 (水曜日)

富士河口湖ハーブフェスティバル

旅とは原点回帰である!!

10万株のラベンダーが咲き誇る河口湖初夏の花と香りのイベント「河口湖ハーブフェスティバル」が開催(6/18~7/11迄)されている。毎年30万人が訪れるという。魅力はガーデンいっぱいに広がる紫色のラベンダーそのものというのはもちろん、ラベンダーと湖、ラベンダーと富士山と本当に絵葉書になるような幻想的な美しさは撮影心をくすぐる。ガーデンに充満するハーブ独特の甘い匂いと香り包まれながら、今立ち会っている旅地と一期一会の光景、旅感性は磨けただろうか・・・・。(1006)Kawaguchiko4050 Kawaguchiko4057 Kawaguchiko4065 Kawaguchiko4080 Kawaguchiko4072 Kawaguchiko4079 Kawaguchiko4070

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年7月 5日 (月曜日)

蓼科の宿

旅とは限りなき遊学である!!

蓼科といえば高原、避暑地、保養地、別荘地として馴染みのあるところ。諏訪ICからのビーナスラインを走ること20分、両サイド樹木のトンネル、緑いっぱいの世界、豊かな自然のエリアの中に宿泊した塒がある。初日は「テラス蓼科」のコテージ、二日目は「ハーベスト蓼科」。1300メートルという標高に建てられているからどことなく涼しく感じられこれぞリゾート気分満喫といったところ。(1006) Tateshina_yado3797_3 Tateshina_yado3794_2 Tateshina_yado3756_2 Tateshina_yado3952_2 Tateshina_yado3953_2 Tateshina_yado3823_2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年7月 4日 (日曜日)

萬松山 泉岳寺 その2

神社仏閣の旅、信心を大切にし永く護持しなければという意からと、邪心があってはいけないが参拝の証としてまた履歴として残したいということから、今日ここ萬松山泉岳寺で初めて御朱印帳を作って頂いた。「ご朱印」はもとより納経の証であり自らが心を込めて書き写した経典をお寺に納めるとお寺から確かにお受けしましたという証明するものであった。今日は貴重なスタートの一歩として継続できればと・・・。(1007)2_sengakuji_gosyuin 2_sengakuji4113 2_sengakuji4130 2_sengakuji4121 2_sengakuji4131 2_sengakuji4126

| | コメント (0) | トラックバック (0)

萬松山 泉岳寺 その1

砂漠を旅する者は星に導かれて進む!!

47赤穂義士廟所としても知られている曹洞宗の泉岳寺。慶長17年(1612年)に今川義元の孫である門庵宗関和尚を拝請して徳川家康が外桜田に創立たのが始まり。その後寛永の大火焼失、時の将軍家光の命により今の高輪の地に移転・再建された。創建時より七堂伽藍を完備し諸国の僧侶200名が参学する叢林として、また曹洞宗江戸三か寺/三学寮のひとつとして名を馳せていた。見応えがある中門、総門、本堂、義士関連では内蔵助像、梅の木、血染めの石、首洗い井戸、そして墓地・・・・。仇打ちという目的に向かって義士たちが貫いた「義」、「忠」の精神を改めて考えさせられる機会となった。(1007)Sengakuji4112 Sengakuji4137 Sengakuji4135 Sengakuji4129 Sengakuji4120 Sengakuji4118

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年7月 2日 (金曜日)

藤原かんいち写真展

旅とは写真=瞬撮である!!

今日、職場の友のお友達である「菅原かんいち」さんの写真展「旅道のキセキ」を見るためキャノンSタワー(品川)を訪れる。バイクで世界一周5万キロの旅・・・・64点の写真が展示されていた。メキシコの岩、オーストラリアのうねる道、アルプスの急カーブ、スペインの真すぐな道、バオバブアベニューの夕陽など自然、地球というスケールの大きい被写体から、その土地の文化(大きい荷物、イランのモスク)、人(ドイツのペアー、インドの女性、マサイ族、子供たち)、動物(象、カメレオン、猿、亀)を瞬撮。そこには世界を周る菅原さんならではの視野の広さ、被写体を切り撮る視点、シャッターチャンスの鋭さは大いに見習わねばならないと。(1007) Fujiwara_syashinten4107_2 Fujiwara_syashinten4109 Fujiwara_syashinten4105 Fujiwara_syashinten4106 Fujiwara_syashinten4101 Fujiwara_syashinten4102

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年7月 1日 (木曜日)

松本城 その1

旅とは歴史空間に身を委ねることである!!

松本城は四つの国宝城郭(他は姫路城、彦根城、犬山城)のひとつとなっており、戦国時代の永正元年(1504年)に造られた「深志城」(小笠原の居城)が始まりで、天正10年1582年に小笠原定慶が深志城を回復し松本城と名を改めた。現存する日本最古の五重天守にふさわしい風格ある景観、北アルプスの銀嶺に映える美しさは、このお城ならでは魅力に溢れている。いざ戦国時代へしばしのタイムスリップの旅・・・。(1006)Matumotojyo3829 Matumotojyo3842 Matumotojyo3856 Matumotojyo3885 Matumotojyo3860 Matumotojyo3846

| | コメント (0) | トラックバック (0)

松本城 その2

400年余の風雪に耐えて今なお優美な姿を魅せる天守閣のショット6景。高さ29.4メートルの大天守は五層六階としてはわが国最古のもの。(1006)Matumotojyo3839 Matumotojyo3858 Matumotojyo3883 Matumotojyo3859 Matumotojyo3891 Xmatumotojyo3851

| | コメント (0) | トラックバック (0)

松本城 その3

松本城の天守は五層六階の大天守、三層の乾小天守、二層の辰巳附櫓、一層の月見櫓を複合した均整のとれた天守群となっている。天守の外壁は上部は白漆喰くい、下部は黒漆塗りとそのコントラストが絶妙の美しさ。天守の内部に入ると矢狭間、鉄砲狭間が配備され二階の鉄砲蔵、四階の御座所、天井に城の守り神祀った最上階と400年前の雰囲気が伝わってくる。これが木造建築かと思わせる造りだが、上階へ行くほど急勾配となりやはり戦の装備を重視していることが窺える。最上階の窓から眺めらる北アルプス、美ヶ原の美しい山並みの光景、昔の人の眼にはとう映ったであろうか。(1006)Matumotojyo3873 Matumotojyo3875 Matumotojyo3878 Matumotojyo3867 Matumotojyo3874 Matumotojyo3876

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2010年6月 | トップページ | 2010年8月 »