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2010年3月31日 (水曜日)

恩田川の桜 2010年 その1

旅とは花文化を求めての移動である!!

今年もまた桜の季節となり、毎日飛び交う開花情報に急き立てられ、両岸3キロに亘ってソメイヨシノが名所の町田の恩田川の桜を撮りに行く。ここ数日肌寒い日が続いていたせいかまだ満開には至っていないが、華やかに咲き乱れて、あっという間に散っていく様は武士道に喩えられるくらい、儚いこの花の美を求めて人々は移動していく。各地で催されるさくら祭り、桜をこよなく愛し、群花=飲食=群集の花見文化を楽しむ日本人の独特の民族性があるのかも知れない。(1003)Ondagawa_sakura1962 Ondagawa_sakura1951 Ondagawa_sakura1960 Ondagawa_sakura1969 Ondagawa_sakura1977 Ondagawa_sakura1982

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恩田川の桜 2010年 その2

クローズアップのショツト。近づけば近づくほど本当にこの花は可憐で美しく、鳥も寄ってくるほどである。川面に映りこむ光景は春の情緒が溢れている。西行の短歌をひとつ、「散る花を 惜しむ心やとどまりて また来ん春の たねになるべき」。きっとまた来年もこの美を魅せて欲しいものである。(1003)Ondagawa_sakura1978 Ondagawa_sakura1956 Ondagawa_sakura1967 Ondagawa_sakura1983 Ondagawa_sakura1975 Ondagawa_sakura1979

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2010年3月30日 (火曜日)

東京大神宮

旅は過程、旅は発見、旅とは自分を見つけ、自分を知るための道程!!

東京における伊勢神宮の遥拝殿として1880年(明治13年)に創建された東京大神宮へ。建築様式はもちろん神明造り、結びの働きを司る「造化三神」を祀り「東京のお伊勢さん」といわれていて、縁結びのご利益があるからなのだろう訪れたこの日も女性参拝者が多かった。名の変遷も当初は「日比谷大神宮」から関東大震災の後「飯田橋大神宮」となり、戦後今の「東京大神宮」となった。今日ここを参拝し、日本の神社建築の美しさを改めて知ることとなった。(1003)Tokyodaijingu1923Tokyodaijingu1938 Tokyodaijingu1920Tokyodaijingu1922 Tokyodaijingu1921

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2010年3月28日 (日曜日)

横浜赤レンガ倉庫

旅とは時の移り変わりを楽しむことである!!

もともとは国の模範倉庫として建てられた歴史的建築物で正式名称は「新港埠頭保税倉庫」。MM21のエリアでは特異なと言うか、シンボル的な存在で「ハマの赤レンガ」と呼ばれ親しまれている。文化施設の一号館、商業施設の二号館、その周り一帯は広場・公園の「赤レンガパーク」として代表的な観光施設となっているが通算来場がは3000万人近くになるという。目まぐるしい時代の変遷を楽しく確かな記憶して残しておくしかない。(1002)Akarengasouko0997 Akarengasouko1000 Akarengasouko1005 Akarengasouko1006 Akarengasouko1012

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2010年3月27日 (土曜日)

乃木神社

旅地と向き合うことは人生を創ること!!

乃木坂駅出口のすぐ横に乃木希典夫妻を祀る乃木神社がある。明治の軍人で終生敬愛した明治天皇の死に私邸で妻と共に自刀し殉じた。学問の神としての石碑もある。また旅順に旅した時、水師営での乃木大将会見の様子、そして息子保典がここで戦死、そのお墓と墓碑に手を合わせた日のことを思い出す。(1003) Nogijinjya17851_4 Nogijinjya18032 Nogijinjya17903 Nogijinjya17945 Nogijinjya17916

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2010年3月24日 (水曜日)

姫路城 その3

築城時、石不足から燈篭の台石までもが転用されたという「はの門」右端の礎石。ほの門の内側には秀吉築城の名残りの壁といわれる「油壁」(粘土に豆砂利を混ぜ米のとぎ汁で固めた)がある。天守閣北側に連なる石垣に沿って美しく弧を描いた建物(多門長屋)。播州皿屋敷で家老がお菊を責めるため皿を投げ込んたと言われる井戸。天守閣最上階には長壁神社が祀ってあり、今回の旅の感謝とこれからの旅づくりの祈願をする。(1003)Himejijo1669 Himejijo1679 Himejijo1685 Himejijo1720 Himejijo1701 Himejijo1709

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2010年3月22日 (月曜日)

姫路城 その2

千姫ゆかりの西の丸。将軍徳川秀忠の長女千姫が大阪落城のあと、本多忠刻に再嫁してここ西の丸で日々を過ごしたというところ。往時の生活ぶりがなんとなく伝わってきそうである。今もその名残を留めている化粧櫓と長局(百間廊下)。(1003)Himejijo21646 Himejijo21651 Himejijo21647 Himejijo21652 Himejijo21657 Himejijo21660

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2010年3月20日 (土曜日)

姫路城 その1

人が旅を創るのか、旅が人を創るのか!!

新幹線から幾度なくその優美さに心惹かれていた白漆喰の姫路城への初入城である。白鷺城とも呼ばれるこのお城は城郭建築を代表する史跡建造物として、また木造建築の美的完成度が評価され、わが国初の世界文化遺産に登録なる。壮麗な連立式の天守閣群をはじめ他の多くの建物が築城当時のまま美しい姿で残っていることは希少価値がある。国宝という名に違わない見応えのある建造物であるが、播磨の守護職赤松、黒田、秀吉、木下家定、徳川と歴史上の人物の関りや名残りを少しは窺え、感じられたことはこの旅を創る要素となりえただろうか・・・。(1003)Himejijo1627a Himejijo1650a Himejijo1661a Himejijo1714a Himejijo1675a Himejijo1716a

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2010年3月19日 (金曜日)

二十四の瞳 岬の分教場 その1

人生は百代の過客にして行きかう人もまた旅人なり!!(松尾芭蕉)

奇岩奇石の寒霞渓から「二十四の瞳」の舞台となった田ノ浦分校へ。「二十四の瞳」は瀬戸内海の海村に赴任した大石先生とその年に入学した12人の児童との心のふれあいを軸に、昭和戦前期の歴史の動向と貧しい暮らしや戦争の持つ悲惨さを描いたもの。当時の校舎が、机が、オルガンが、そろばんが、そして子供たちの作品が、そのまま保存されている。椅子に座って眼を閉じるとなぜだか在りし日の想いが蘇ってきそうである。作者の壷井栄が訴えたかったもの「戦争は嫌、いつまでも平和であって欲しい」ということ、しかしここには分校のならでのぬくもりと、教育の原点があるような気がしたのは過客の私だけだろうか・・・・?(1003)Misaki_no_bunko08867 Misaki_no_bunko1554 Misaki_no_bunko1547 Misaki_no_bunko1549 Misaki_no_bunko1561

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2010年3月14日 (日曜日)

瀬戸内海 クルーズ その1

人生は航海であり、旅は人生の新たな始点である!!

瀬戸内海は昔から九州や朝鮮半島と畿内を結ぶ「海の道」として栄え、多様な文化や産業を育んできた。東西450K南北に15-55Kの内海、四季を通して穏やかな海と大小3000の島々が織り成す景観は日本の原風景とといえるかもしれない。初日は高松港から土庄港へしょうどしま丸(994トン)で1時間、2日目は福田港から姫城港へのおりーぶ丸(988トン)で1時間40分、船上人となり瀬戸内海のクルージングを満喫。いろいろ行きかっている産業船を眺めていると潮風がなんとも心地よい。(1003)Setonaikai_cruise1339 Setonaikai_cruise1342 Setonaikai_cruise1345 Setonaikai_cruise1351 Setonaikai_cruise1361 Setonaikai_cruise1365

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瀬戸内海 クルーズ その2

瀬戸の内海としてシボールト博士や多くの欧米人から高く評価された景勝地、また明治維新後に此処を訪れたシルクロードの命名者ドイツ人のフェルナンド・フォン・リヒトホーフェンの旅行記に世界中に紹介され風光明媚な風景の地として名が知られるようになったという。今回初クルーズであるが名に違わない美しすぎる魅力を有していて爽やかな風、潮の香りを感じながら、非日常のスローな航海の旅として刻まれたようだ。(1003)Setonaikai_cruise1582 Setonaikai_cruise1583 Setonaikai_cruise1601 Setonaikai_cruise1609 Setonaikai_cruise08834 Setonaikai_cruise08847

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2010年3月12日 (金曜日)

寒霞渓 その1

旅とは大自然のダイナミックな営みを教えられるものである!!

小豆島にある日本3大渓谷美のひとつ寒霞渓へ。日本書紀にも記述がある奇勝で、1923年に国の名勝に指定、1983年には「21世紀に残したい日本の自然100選」にも選ばれただけあり筆舌しがたい美しさである。1300万年前の火山活動で誕生した奇岩怪石の渓谷は、200万年という堆積と浸食の歳月かけて創造された。奇鋒をすり抜けるように落ちていくロープウェイでの空中散歩はスリルと感動を味わい、目の当たりに大自然の神秘を体感、忘れられない地となりそうである。標的に向かって瓦投げを挑戦するも自然の営みの前に改めて人間がいかにちっぽけな存在かを教えられる。(1003)Kankakei1461 Kankakei1454 Kankakei1450 Kankakei1467 Kankakei1472

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寒霞渓 その2

標高差317メートル、全長917メートルのロープウェイからの眺めはスリルと迫力に満ちている。寒霞渓には表12景、裏8景あわせて20名勝が点在する。第3景の錦屏風、岩がそそり立つ様が筍のような6景の玉筍峰、大きな石の門となり道が通り抜けている裏3景の石門が見所というが、ロープウェイのスピード早く乱写でそれらしきところを捉えることができたのか?・・・・・定かではない。(1003)Kankakei1479 Kankakei1481 Kankakei1482 Kankakei1483 Kankakei1485 Kankakei1486

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2010年3月11日 (木曜日)

瀬戸大橋記念公園

希望に満ちて旅することは、目的地に辿り着くことより良いことである!!

瀬戸大橋タワーのすぐ袂で瀬戸大橋の完成を記念して開催された瀬戸大橋博’88/四国の会場跡地を整備した海浜公園があり足を伸ばす。園内には水の回廊、芝生広場、浜栗林の憩いのスペースがあり、記念会館や展示広場も併設されていて、瀬戸大橋を眼前で一望できるビュースポットのようだ。(1003)Setoohashipark1309 Setoohashipark1304 Setoohashipark1305 Setoohashipark1311 Setoohashipark1312

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2010年3月10日 (水曜日)

小豆島の海峡と海岸

旅とは地球伝説の確認である!!

小豆島には世界一狭いという土渕海峡がある。全長2.5Km最大幅は400m、最狭幅は9.93mで1996年ギネスブックに登録された。最狭部分には永代橋が架けられている。朝ホテル前の海岸を散策すると海面を幻想的に照らす朝陽が眩しすぎる。(1003) Syodoshima1384 Syodoshima1386_2 Syodoshima1385 Syodoshima1436 Syodoshima1438

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2010年3月 9日 (火曜日)

瀬戸大橋タワー

旅は全方位、複眼的視野が求められる!!

100人乗りのキャビン(客室)が108mの高さまで緩やかに回転しながら上昇するラウンドアップシステムの瀬戸大橋タワー(360度回転式展望塔)へ。1988年に造られこのタイプでは世界一というだけにこの高さからの瀬戸大橋の眺望は素晴らしいの一語。頂上部で3回転、まるでスカイウォークをしている気分である。(1003)Setoohashi_towe1314 Setoohashi_towe1292 Setoohashi_towe1301 Setoohashi_towe1302 Setoohashi_towe08822 Setoohashi_towe1299

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2010年3月 8日 (月曜日)

小豆島オリーブ公園

旅は憧れ~夢~願望~計画の具現化である!!

高松港からフェリーで小豆島・土庄港へ渡った。小豆島といえば醤油、うどんが有名だが、なによりも日本のオリーブ発祥の地への初上陸である。神から授けられ、平和の象徴とも称されるオリーブはこの瀬戸内海の温暖な気候がうまく適合していたようだ。小高い丘に位置するこの公園はオリーブの柔らかな緑とハーブの芳香に包まれ、碧い海を臨むオリーブの丘にはギリシャ風車がまわり、ふれあい広場には古代ギリシャ風の白亜の建造物、そして眼前に広がる風景は地中海沿岸を思わせるようようであり至福のひと時を齎してくれた。(1003)Olivepark1397 Olivepark1391 Olivepark1410 Olivepark1415 Olivepark1425 Olivepark1426

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2010年3月 6日 (土曜日)

金刀比羅宮 その2

御前四段坂を上りきりやっと本宮へ。ここまで全785段、海抜251メートル。入り母屋造の檜皮葺の神饌殿、本宮北透垣、直所、南渡殿、蒔絵とどれも見応えがある。また眼下には美しい讃岐平野が広がり参拝にきた甲斐があったというものである。(1003)Kotohiragu1235 Kotohiragu1239 Kotohiragu1244 Kotohiragu1246 Kotohiragu1254 Kotohiragu1253

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2010年3月 5日 (金曜日)

金刀比羅宮 その1

旅は歴史探訪でり、刻の記憶である!!

一度はお参りせねば思っていた金刀比羅宮(象頭山金毘羅大権現)へ。香川県琴平町の標高521mの象頭山中腹に鎮座し「こんぴらさん」の呼び方で親しまれているところ。祭神は大物主神(大国主命)で崇徳天皇を合祀している。創建は定かでないが室町時代には金毘羅参りが盛んになり、今日に至るまで海の守護神として信仰を集めている。長く続く参道の石段は実に本宮までは785段奥社までとなると1368段となる。今回奥社は断念するも、今日という一日に与えられた修行と思い本宮までは上がることとした。参道から青銅大燈篭、大門、鼓楼、琴陵宥常像、そして旭社とすべてが深い歴史に刻まれ尊きもののように見えてくる。(1003)Kotohiragu1178 Kotohiragu1191 Kotohiragu1209 Kotohiragu1186 Kotohiragu1220 Kotohiragu1223

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2010年3月 4日 (木曜日)

横浜みなとみらい21

旅とは自分の未来予想図を描くことである!!

ここは西区と中区にまたがる海に面したいわゆるウォターフロント都市開発地域だ。都市景観100選受賞地区となっているだけに異国情緒も漂う独特の景観美である。広さなんと1.86キロ兵法メートル(内埋め立て部は0.76K㎡)の中には、全体的に白を基調に統一感のあるビル、建造物群、そのシンボル(中核)をなすのが反り返るように聳え曲線美を誇る高さ296mの日本一高いビルの横浜ランドマークタワーだろう。白い建物と青い海、船、港、橋は横浜ならではの透明感ある美しい光景である。まるで21世紀の未来都市を見ているようである。(1001)Minatomirai210398_2Minatomirai210996Minatomirai210995 Minatomirai210401 Minatomirai210409_2   

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2010年3月 1日 (月曜日)

掃部山公園

旅とは一時別の自分になる行為である!!

江戸時代までは不動山と呼ばれていた高台にある掃部山公園へ。もともと鉄道開通に携わったエドモンド・モレル外国人鉄道技師の官舎があったところのようだか、後に井伊家の所有地となり横浜開港50年記念に井伊直弼の銅像が建立された。銅像は11メートルと高く堂々と横浜港を睨むように立つ。直弼の官位である掃部頭からこの公園名となったようであるが、横浜の町中にあって緑濃い憩いの空間として、訪れた者は歴史的由来に向き合い幕末から明治にかけての出来事に想いを馳せる時を共有し刻まれていく。(1001)Kamonyama0966 Kamonyama0967 Kamonyama0968 Kamonyama0970 Kamonyama0974

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