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2010年2月27日 (土曜日)

海老名の寺院

旅とは修験から学ぶことである!!

海老名駅から51号線へ出た上郷に曹洞宗の寺院で上郷山龍昌院がある。こじんまりとしているが江戸時代創建のようだ。本尊は釈迦如来坐像。さらに相模川を目指し歩くと相模国13座寺社のひとつ有鹿神社ある。現在の本殿は江戸中期に創造されたもの。そこに描かれた龍の絵は市の重文財となっている。境内は古木も多く森閑としているが水神としても敬われているようだ。有鹿神社から数分のところには海老名一族が建立、足利持氏の亨永の乱の際、ここが本陣となったといわれている総持院(高野山真言宗)がある。境内の八角燈籠、天水桶などあり見所多く新たな発見もあった。(1001)Arukajinjya0518 Arukajinjya0515 Ryusyoin0513 Ryusyoin0512 Sojiin0521 Sojiin0522

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2010年2月25日 (木曜日)

高幡不動尊 その1

旅とは充実感を希求し価値を創造する場である!!

高幡不動駅近くにある成田、大山と共に関東三不動の一つされる古刹=高幡山金剛寺(真言宗智山派別格本山)へ。草創は大宝年間(710)以前とも、奈良時代行基菩薩の開基とも伝えられている。慈覚大師円仁が清和天皇の勅願によって当地を東関鎮護と定め山中に不動堂を建立、不動明王をご安置したのが始まりのようである。幕末の新撰組を組織した近藤勇と土方歳三の顕彰碑と土方の像がある。仁王門左側には平安様式を模した美しい、総高45Mの五重塔(東京都最古の文化財建造物)が眼を惹く。古刹と称され歴史的価値ある建造物、石碑、奥殿の重要文化財クラスの展示物などを目の当たりにしなんとも心豊かになった気分である。(1002)Takahatahudo0877Takahatahudo001 Takahatahudo0886Takahatahudo0924 Takahatahudo0879 Takahatahudo0890

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2010年2月23日 (火曜日)

まつだ桜まつり

旅とは移り行く季節を眼で楽しむことである!!

風も無く春を感じさせる陽気となった今日、桜まつりが行われている松田山ハーブガーデンへ。伊豆から移植した260本の河津桜はすでに満開に近く斜面一面をピンク色、淡紅色に染めあげ見ごろを迎えていた。河津桜の木の周りを囲むように植えられた黄色の菜の花、その見事なコントラストに魅せられてしまう。また青い空に映える雪を被った富士山を背景にした河津桜はまるで絵葉書のようである。例年に無く寒かった2月、早咲き桜を堪能、百花繚乱の春はもうそこまで来ているかのようだ。(1002)Matudayama1061 Matudayama1045 Matudayama1049 Matudayama1050 Matudayama1059

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2010年2月21日 (日曜日)

高橋公園(熊本)

旅とは歴史の上に今があることを知らされるものである!!

第七代熊本市長・高橋守雄の功績を称え昭和47年1972年に建設された公園。城を囲むように流れる坪井川沿い、千葉城橋と厩橋の間に位置する公園内には西南戦争で熊本城を死守した熊本鎮代司令長官・谷千城、明治維新の功労者=幕末の志士:勝海舟、坂本竜馬、横井小楠、松平春嶽、細川護久らの維新群像がある。お城を眺めそして彼らに思いを馳せ自己を見つめる・・・。(1001)Takahashi_park0723 Takahashi_park0721 Takahashi_park0722 Takahashi_park0724 Cimg0735

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2010年2月17日 (水曜日)

百草八幡神社

旅に出ると自分の世界が広がるものである!!

百草園に隣設したところにひっそりとある小さいな神社だがなかなか由緒ある歴史を有しているようだ。多摩川を望む百草の丘の上に鎮座する古社は源頼義・頼家が康平5(1062)年、奥州征伐の時、途中に百草園の場所にあった松連寺に立ち寄り滞在、武運長久を祈祷し八幡大菩薩木像を奉納し再興したのがはじまりのようだ。社殿前には一対の山犬型狛犬が鎮座し、また奉安殿には国重文の阿弥陀如来像が安置されている。いつものことであるが神社仏閣を訪れると身も心も引き締まる思いだ。(1002)Mogusahachiman0868 Mogusahachiman0869 Mogusahachiman0874 Mogusahachiman0872 Mogusahachiman0871

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2010年2月15日 (月曜日)

熊本大神宮と熊本城稲荷神社

旅とは邂逅(かいこう)である!!

熊本大神宮は1876年伊勢神宮の分社として熊本城内に鎮座した。総本社は皇大神宮、祭祀はもちろん「天照大神」、「豊受媛神」である。西南戦争で焼失したが、その後遷座をくり返し大正15年に現在の場所になったようだ。社務所の後方には熊本城本丸の聳える石垣、これ以上ない背景である。大神宮の手前には400年の歴史を有する熊本城稲荷神社があり、熊本城築城の神として、また守護神(加藤清正が歓請)として崇められ、「白髭さん」としても親しまれているようである。邂逅は思いがけなくめぐり合うこと、出会うこと、きっと旅はこの連続かも知れない。(1001)Kumamoto_jiin0725 Kumamoto_jiin0736_2Kumamoto_jiin0736_3 Kumamoto_jiin0738_2 Kumamoto_jiin0739

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2010年2月14日 (日曜日)

港の見える丘公園

旅とは自己の感性(写心)を磨く絶好の戦場である!!

フランス橋を渡ると公園北側部に明治初期フランス軍が駐屯し領事館が建っていたことからフランス山と名づけられた一角がある。やはり海を見下ろす軍事的な意味を持つ場所だったようだが、かわいらしい愛の母子像が見守っているようで救われる思いだ。ここを通り過ぎると横浜開港当時、イギリス兵舎跡に昭和37年造られた。海に突き出すようなやや扇型屋根の展望台からはベイブリッジ、みなとみらい21、横浜港が一望できる。園内の噴水や花壇を海を眺めながめているとのんびりとしたまどろみの時間が過ぎていくようだ。(1001)Minatonomieruoka0459Minatonomieruoka0461 Minatonomieruoka0462 Minatonomieruoka0451 Minatonomieruoka0456_2

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2010年2月12日 (金曜日)

横浜能楽堂

旅とは時として自己表現の舞台である!!

桜木町駅を降りて伊勢皇大神宮方角に進むと掃部山公園の隣の閑静な地に静かな佇まい見せている横浜能楽堂へ。もともとこの本舞台は明治8年(1857年)、東京国立博物館に程近い東京・上根岸の旧加賀藩主・前田斉泰の隠居所の一角建てられていたもの。斉泰は能楽愛好者として明治14年に「能楽社」を組織、能狂言の復興に尽力、近代能楽史に足跡を残し、能楽という言葉を普及させた人物。その後解体され横浜に寄贈、保管されたいた部材で平成8年に横浜能楽堂として蘇った貴重な建造物である。能、狂言を演じる舞台であるが、旅は自己を表現する舞台として捉えたい。(1001)Yokohamanogakudo0393 Yokohamanogakudo0388 Yokohamanogakudo0389 Yokohamanogakudo0390 Yokohamanogakudo0391

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2010年2月10日 (水曜日)

日本丸と氷川丸

旅は思い思いの方法(徒歩、走り、自転車、バイク、自動車、列車、船、飛行機、ロケット等など)で!!

みなとみらい21地区の石造りドッグに停泊している4檣バーク型帆船の日本丸。全長97メートル、2278トン。1930年に商船学校の訓練帆船として建造されて約半世紀にわたり地球を5.4周もする活躍をして、今は静かにこの地のを見守っているようであるが、この帆船も数多くの実習生と共に様々な歴史を背負っている。一方山下公園岸壁に係留する氷川丸は日本丸と同じ時期にシアトル航路用に建造された貨客船。全長163.3メートル、11622トン。太平洋横断254回という輸送回数を誇る活躍をした。市の有形文化財に指定となっており、どちらも横浜港にぴったりの優美なそしてシンボリックな姿はわれわれを楽しませてくれている。船の旅、一度はしてみたいものである。(1001)Nipponhikwamaru0439_2 Nipponhikwamaru0442 Nipponhikwamaru0404 Nipponhikwamaru0403 Nipponhikwamaru0406

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2010年2月 9日 (火曜日)

旧富澤家住宅

旅とは史実の名残りを確認する行為である!!

多摩センターのシンボル的施設「多摩パルテノン」の裏にある多摩市内で入母屋造りの台所付玄関のある貴重な一軒の富澤家住宅を訪れる。建てられたのは推定18世紀後半ころ。今川家の家臣であった政本が桶狭間の戦いの亡後、逃れこの地に土着。その後政本の子忠岐が初代名主となり以後代々連光寺村の名主を世襲したとある。明治14年以降には明治天皇を始め皇族方が兎狩りなどで行幸、その時御休所として利用されたという由緒ある家のようだ。内部はお勝手、茶の間、囲炉裏場、広間、納戸、玄関、中の間、奥の間、小座敷、表門(薬医問)、外庭には大きな池、土蔵、道場もあり中々見事な家であった。(1002)Tomizawake0960 Tomizawake0949 Tomizawake0958 Tomizawake0950 Tomizawake0955 Tomizawake0957

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2010年2月 8日 (月曜日)

京王百草園 その1

旅とは季節の表情を楽しみ愉しむことである!!

寒い日が続いている中、一足早く春の息吹を感じようと紅白あわせ800本もある梅の園へ。観梅の名所と言われるだけあって紅梅、白梅、金色に輝くロウバイの花に彩られた園内はまだ咲き始めではあるがほのかなあまい香りが漂よっている。ここは江戸時代の享保年間、小田原城主大久保候の室・寿昌院が松蓮寺を再建したときに造られた庭園のようだ。園内には松連庵や三檪庵、若山牧水の歌碑、芭蕉の句碑がある。文人たちに関わりがあったことを知る機会となった。(1002)1mogusaen0867 1mogusaen0813 1mogusaen0801 1mogusaen0860 1mogusaen0859

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京王百草園 その2

天平の昔に栄えた松連寺の跡に佇む「松連庵」。今はお蕎麦屋さんとなっているが、自然の中になんともやさしく溶け込み、梅ノ木と茅葺の屋根という懐かしき日本の和みの空間、風景となっている。旧京王百花より移築された苑茶室「三檪庵」は秋田杉の無垢材が使用されているという本格的な茶室で茶会、句会、歌会に貸し出されているようだ。(1002)

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京王百草園 その3

大空は梅のにほひにかすみつつ曇りも果てぬ春の夜の月(藤原定家)

26000㎡の園内には早咲きの梅・八重寒紅から遅咲きの淋子梅と約80種800本の梅の木があり、中でも樹齢300年を越す「寿昌梅」が咲くころが一番いいという。明日6日から園内は梅祭りということで賑わいを呈することだろうと一日前の訪問であった。早咲きの方だろうか紅白の花を咲かせ、春を告げ始めていた。また金色の花びらに独特の甘いにおいをはなっていた「ロウバイ」(蝋梅)も美しく見事であった。(1002)

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2010年2月 7日 (日曜日)

目黒不動尊 その1

旅は思い出を紡ぎ、やがて一枚の織物となる!!

JR目黒駅より東急目黒線に乗り換え不動前駅で下車。目黒不動商店街を進むと大同3年(808年)慈覚大師によって開かれ、江戸時代に家光将軍の帰依を受け、江戸五色不動のひとつとして信仰を集めた目黒不動尊がある。仁王門をくぐり独鈷の滝の横から石段を上がると朱色の本堂が視界に入ってくる。不動明王が祀られているが構えが見事である。この参拝の旅も思い出のための一本の糸になるかも知れない。(1001)Megurohudouson0617 Megurohudouson0618 Megurohudouson0625 Megurohudouson0626 Megurohudouson0628

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目黒不動尊 その2

大本堂の背後には露座の銅製仏像の大日如来像がある。また本堂裏の飛地境内の墓地には甘藷先生と呼ばれた蘭学者の青木昆陽の墓(国史跡指定)が立つている。手を合わせたあと目黒川をわたり帰途に。(1001)Megurohudouson0631 Megurohudouson0634 Megurohudouson0636 Megurohudouson0638 Megurohudouson0639

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2010年2月 4日 (木曜日)

キャナルシティ博多

旅地の歴史は近未来を暗示していることを知る!!

大歓楽街の中洲から足を伸ばすと那珂川の畔にあるのが華やかな色彩の近代的な建物の複合商業施設=ショッピングモールがある。映画館、劇場、アミューズメント施設、ホテル、ショールーム、オフィスを有す「キャナルシティ」。キャナルは運河という名の通り運河が曲線的でカラフルな建物の中を流れている。コンセプトは「都市の劇場」ということで皆が楽しみ、集い、憩うことのできるエンターテイメントシティとなっている。運河沿いの空間はシーコート、アースウォーク、サンプラザステージ、ムーンウォーク、スターコートの5つのゾーンで構成されており、そこを歩いていると、ここが建物の中かと思うくらい自然を感じ、心が和みひとつのマイストリーが生まれそうである。(1001)Canal_city0754 Canal_city0757 Canal_city0758 Canal_city0760 Canal_city0763

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2010年2月 2日 (火曜日)

肥後本妙寺

旅とは歴史を歩くことである!!

創建1585年の本妙寺は日蓮宗六条門流の寺で大本山本寺から「六条門流総導師」の特別寺格を与えられている。山号は「発星山」、本尊は十世曼荼羅。肥後54万石の戦国大名となった名将加藤清正の菩提寺であり、熱心な日蓮宗の信者だった清正公を祀る浄池廟があることは良く知られている。壮麗な仁王門をくぐると桜並木の長い参道の両側には12の塔頭が並び、やがて大本堂(勅願道場)前に辿り着く。ここから胸突雁木と呼ばれている176段の急勾配の石段が待ち構えている。石段の中央には多数並んでいる石灯籠を見ながらが上りきるとやっと浄池廟門(中門)へ到着である。その門前右手には常夜燈楼がある。戦国武将として合戦に明け暮れた清正公だが何ゆえにこの宗教に帰依していったのだろうか?・・・(1001)Honmyouji0683_2Honmyouji0703_2Honmyouji0701_2 Honmyouji0700_2Honmyouji0698_2Honmyouji0697_2

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肥後本妙寺 清正像

浄池廟の裏手の中尾山八合目までの300段の石段を息を切らしながら登っていくとそこには昭和32年に建立された鑓を持った長烏帽子姿の清正像が迎えてくれる。ここ本妙寺公園の展望台からは市内を一望できる眺めは最高である。(1001) Honmyouji0708_2

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