芦ノ湖畔の風景
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旅は生きていることの究極は人生の記録であり証である!!
2006年6月にプログ「ゆとりライフ」・・・・私の旅写真あれこれ・・・を立ち上げてからあっという間に3年が経過、その間旅を中心に投稿してきた記事も600件、アップロードした写真も2500枚を超えた。そろそろマイブログの集大成として、はたまた人生の証=「本」として残しておかねばと考えていた時、自分の写真を表紙にして本が作れるというキャンペーンに出くわした。早速記事の半分を注文、本の概要(ページ数は300、写真点数1100)が決定したのが9月末、三週間を経て待ち焦がれていた「完成本」が本日やっと出版社から送られてきたのである。こうして一冊の本になって見るとまた感慨もひとしおである。(0910)
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旅とはこの瞬間の、生の空気感を受容することである!!
強羅駅からやや急勾配の坂を上がること徒歩5分ほどのところにある強羅公園を訪れる。中央の噴水を中心に左右対称に造られたフランス式整型庭園である。どこしなく異国感漂い日本の庭園とはやはりちょっと趣異なる印象である。3.6万㎡という広大な敷地には熱帯植物館、ブーゲンビリア館、山野草園、ローズガーデンが配置され、園内の各所に桜、紫陽花、ツツジ、もみじと四季の花が楽しめるようになっていてまさしくフラワーパラダイスと言ったところか。ローズガーデンにはピンク、黄、赤といろとりどりのバラが花びらを広げた香り空間の中で甘ったるい時間をまどろんでいる。(0910)
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旅は追体験であり感動体験である!!
青木家住宅を見たあと境川に向かって歩くと小さな橋(二洲橋)の袂に小さな々社の白山神社がある。。本堂の中にはなにやら光る本尊が祀られている。とにかく小さいミニ神社であった。更に境川に向かって緩やかに傾斜する台地に市の登録史跡「元橋本遺跡」がある。1977年土地区画整理事業に伴う発掘調査のとき発見された。なんでも前縄文時代中期後半(約4500年前)と後期旧石器時代の後半(約20000~16000年前)の遺跡ということであった。が今は案内板だけで広場となっていた。国道16号バイパス建設工事い先立つ調査で1980年から後期旧石器時代~近世までの各時代の生活跡が発見された「橋本遺跡」がある。こうして先人たちの生きた証を眼にし知ることで改めて歴史の上に我々は生かされていることを痛感する。(0909)
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旅とは時の移り変わり、変遷を学び伝えること!!
今日は相模原市文化財研究協議会主催の橋本周辺の文化財=境川を挟んで暮す相原から橋本を中心に、古代遺跡や歴史ある静かな社寺=巡りに参加した。70名を越す参加者が連なって青木家住宅~白山神社~橋本遺跡~瑞光寺~清水寺~牛久保家の長屋門~香福寺との相模原考古学研究員香村氏の案内と説明を受けながら約2時間半のコースの散策であった。こんなところに文化財がという思いがけない発見があり有意義な時間を過ごすことができた。先ずは東京都指定史跡となっている「青木家住宅」。香村氏のデーターによると、青木家は幕末から明治にかけて、歴代当主は豪農として地域社会の教育振興、観農などに貢献。この大型住宅は南面に主屋(文久二年建立)、南に表門、東に裏門が立つ。現在は医院を営んでいる。なにしろ広いお屋敷である。(0909)
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旅から得られるもの、それは感動である!!
今日は日高市内を流れる清流、高麗川の蛇行により長い歳月を経て作られた巾着田へ。22ヘクタールの川に囲まれた平地に曼珠沙華(彼岸花)の花が咲く。早咲き、遅咲きとあるようだが一体何万本の花があるのだろうか。聞くところによると100万本という。まるで紅い絨毯を敷き詰めたような美しさである。感動!!曼珠沙華はあまり縁起のいい花とは言われていないが、万葉集 柿本人麻呂は「路の辺 壱師の花いちしろく 人皆知りぬわが恋妻は」、中村汀女の俳句では「曼珠沙華抱くほどとれと母恋し 父若く我いとけなく曼珠沙華」と、父母とか妻への恋慕の心をこの花に込め、喩えて詠っている。物悲しくもセンチメンタルな気持ちにさせられる。(0909)
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