材木座海岸
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旅地は知識の宝庫であり、人生の潤滑剤となる!!
川崎市麻生区細山(読売ランド南側)の小高い尾根に臨済宗建長寺派の南嶺山香林寺はある。大永5年(1525)開山(寿福寺南樹芳泉和尚)、ご本尊は十一面観世音菩薩(弘法大師作)である。関東大震災により歪んだ本堂、全壊した庫裏は翌13年再建。山門は四脚門本堂の左手路には三十三観音ミニ霊場、太子堂、さらに進むと禅様式建築(特徴=基壇、扉、窓、柱、勾欄を兼備)で統一された五重塔、がある。塔の内部、内陣には釈迦初転法輪像が安置、外陣には天平時代の四天王像、二層から五層には十六羅漢像が祀られている。精緻を尽くした構造の妙、堂々とした風格ある美観、崇高さ純木造建築による極致である。ここ香林寺は準西国稲毛三十三番札所、武州稲毛七福神札所でもある。ふるさと麻生八景も選ばており眺めは素晴らしく風が心地よい。(1201)







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旅とは心の財をそして贅を成すものである!!
中野区本町に中野長者(鈴木九郎=室町初期土豪)の寺、百観音(西国の33ヶ所+坂東の33ヶ所+秩父の34ヶ所で100の観音霊場)の寺として知られる曹洞宗で多宝山成願寺(当初は正観寺と言った)がある。創建は永亨10年(1438)、本尊は釈迦如来(本堂の本尊は釈迦牟尼佛如来像)。山手通りに一際目立つ中国風の白い山門から境内に入ると正面に本堂、開山堂(龍鳳閣)、百観音堂(圓通閣)が建ち並び、その他開基の鈴木九郎と鍋島家のお墓、六地蔵菩薩、防空壕がある。ここ成願寺は徳川家康&家綱より御朱印を受けたことや、幕末新選組の近藤勇も家族を預けていたことが記録として残っている。(1201)







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日蓮聖人が9年の永きに亘り法華経の読誦と門弟たちの指導に終始した身延山久遠寺。その身延山山頂に奥之院思親閣がある。思親閣とは親を思う御堂であり、日蓮聖人は9ヶ年この連華の峰とも呼ばれる身延山に登られ遥か故郷房州の両親、恩師に思いを馳せられた霊地である。ロープウェイではたったの7分だが徒歩で登るのは容易ではない距離、このこと自体が修業なのかも。ロープウェイを降り、日蓮聖人の像を拝み、石段を登り仁王像を安置する仁王門を潜り境内に入ると、正面に祖師堂(寛永6年=1665完成)、鐘楼・洪鐘(寛文8年=1668作)がある。他に露座仏像、元政塚、常護堂、開基堂、札所、大考殿、庫裏が建ち並ぶ。静寂さの中に漂う霊地としての尊厳さは身心が浄化されていくようだ。「吹く風立つ雲までも 東の方と申せば庵を出でて 身にふれ庭に立ちて見るなり」(1201)







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旅とは時の狭間に滑り込み日常から解き放たれることである!!
23区内の都市公園の中で敷地面積54万㎡と5番目に広く、森林公園と陸上競技場野外ステージを有する代々木公園。かつて陸軍代々木練兵場であったが、戦後米軍の宿舎そして東京五輪時の選手村の経緯を辿り代々木公園となる。樹木も10400本と多く、開園(昭和42年)から45年の歳月を経て緑濃い森を形成する大きさとなっている。平成2年に大小3基の噴水が造られ「水と緑の公園」とも言われるようになった。代々木といえば聖域としての明治神宮、あらゆるスポーツ競技が行われる体育館、そして癒しと寛ぎのこの公園とあらゆることが同時に楽しめそうなエリアである。(1201)







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旅とは時として歴史学入門である!!
熊本市上通りという繁華街に学問の神として名高い菅原道真公をご祭神として鎮座する手取天満宮がある。創建は350年前の江戸初期。後光明天皇の御代 承応年間(1650)手取被分町の住人肥後藩士平井勘右衛門正恒は天満宮を崇敬し、道真公が枕に立たれこの家の井戸に来ていることを告げられ翌朝邸内の井底より尺余の天神尊像を得て、一字を創祀し鎭祭とある。一際鮮やかな朱色の鳥居を潜り参道を進むと石鳥居、手水舎、拝殿がある。境内には蘇峰の顕彰詩碑、道真公の御神詠歌碑がある。「心だに 誠のみちに かないなば 祈らずとても 神やまもらむ」。静寂と荘厳な雰囲気が漂っている。(1111)







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旅とは自らの内なる信心と向き合うことである!!
山梨県南巨摩郡身延町に日蓮宗の総本山(祖山)久遠寺はある。聖人入滅以来700有余年、法灯絶えることなく廟墓は守護され今に至る久遠寺は、日蓮聖人が法華経を読誦し、法華経に命を捧げた霊境されたところであり、総本山として門下の信仰を厚く集め、また聖人を仰ぐ人々の心の聖地となっている。創建は弘安4年(1281)、本尊は三宝尊、開山はもちろん日蓮である。先に参拝した奥之院に続き久遠寺の本堂(1985年再建/間口32m、奥行51m)に参拝し、祖師堂(聖人の神霊を祀る)、御真骨堂、仏殿、拝殿(八角堂)、五重塔(2008年竣工、131年ぶりに蘇った宝塔 )大鐘、開基堂、釈迦殿納碑堂、甘露門など総本山としての風格ある建造物を鑑賞、撮影の時に充てる。(1201)







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旅は人を、人生を変え大きくする!!
今年のオールジャパン、デンソー(WJBL3位)対JX(WJBL1位)の決勝は14:00に開始された。NHKがテレビ生中継するということもあり会場は立すいの余地もないほど多くの入場者で埋め尽くされている。期待の大きい対戦であったが、1Qゲームの主導権を握られたデンソーは15点差と大きく広げられ苦戦を強いられる出だしとなった。JXのオフェンス、ディフェンス力際立ち、デンソーのバスケをさせてくれない。4Qデンソー追撃するも差を縮められなく78:52で試合終了。すべてが一枚上手の感がするJXの総合力が上回った。JXが4年連続の王者に輝いた。デンソー健闘虚しく準優勝に終わった。両チームのコートの主役たちから感動と興奮、そしてエネルギーをもらった感がする。(1201)







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旅は連鎖するあらゆる事象の検証である!!
今年三社目の初詣は静岡三島市にある神社の三嶋大社へ。式内社、伊豆国一宮・総社で旧社格は官弊大社。創建年代は不詳であるが、古くより三島の地に鎮座し三嶋大明神(大山祗命、積羽八重事代主神を御祭神とする)と称され平安・奈良時代の古書にも記録され東海随一の神格であったと考えられ、延喜の制では「名神大」に列格され三島の地名ともなった由緒ある神社。中世以降、崇敬深い源頼朝の社領神宝を寄せ、中でも「梅蒔絵手箱」国宝となっている。東海道に面し、下田街道の起点に位置することから天下に広まっていった。雅らかな本殿は流造りとする複合社殿で奥から本殿、幣殿、拝殿の構成。総欅素木造りである。見事な社殿彫刻は美術的価値が高いといわれている。その他境内には大鳥居、舞殿、芸能殿、宝物館、客殿、伊豆魂神社がある。レッドソックスの松坂投手も結婚式を挙げたということでも知られ、出店と多くの参拝者で賑わっていた。(1201)







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大震災、原発事故に揺れた日本、祈りを込めた2011年の旅終わる!!
1月坂東33観音霊場巡り、熊野古道からスタートした今年の旅、3月に発生した東日本大震災の直後熊本へ、日本三名城の熊本城へ入城、4月から7月は桜の花見を楽撮、ネモフィラ、つつじ、ショウブ、アジサイ、ひまわりの花を追撮、9月は古都鎌倉寺巡り、そして高速ジェット船で伊豆大島へ初上陸、11月は日光三寺社と霧降滝、熊本を再訪し山鹿の八千代座と今年もあらゆる被写体に向き合い感動を撮りおさめ、震災復興を祈願し140の寺社へ詣でた。開設し5年となるブログも12月初には5万件を超すアクセス数となりました。来年こそ明るいいい年でいい旅ができることを願い、サブタイトル「旅は一枚の写真から始まる」に夢と希望ある写真をお届けできたらと・・・・・・・。(1112)
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旅とは心の財を蓄えるものである!!
日本橋石町に空から見ると「円」の形をした「日本銀行」がある。日本銀行は、日本銀行法に基づく認可法人であり、我が国唯一の中央銀行で明治15年開業。建物の最初の着工は明治23年、完工は29年。構造は石積みレンガ造り、外装は花崗岩貼り、ネオバロックの建築様式である。特徴ある緑の屋根は鉄板および銅板葺である。日本銀行の前に日本銀行金融研究所博物館の所蔵品の中の代表的な貨幣が展示されている「貨幣博物館」を見学する。我が国の実物貨幣を見てその歴史と貨幣の持つ意味、そして世界各国の貨幣の動きとその比較はなかなか興味深い展示内容であった。旅も感動という心の財といものをこれからも蓄えていかねばならない。(1112)







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旅は日常の我家が起点となり始まる!!
全てに原点があるよう、橋梁としての「日本橋」は日本橋川の上に架かる国道の橋であり、日本の道路元標があり、日本の道路網の始点となっている所である。この橋が架けられたのは慶長8年(1603)といわれ、お江戸日本橋といわれるように東海道を始めとする5街道の起点であり、江戸経済の中心の場所であった。高速道路の下で橋長49m、幅27mの石造二連アーチ橋の「日本橋」(明治44年完成)は中央区の地名にもなっており、橋周辺には日本銀行、東京証券取引所がある金融街として、また高島屋、三越という老舗の商業施設で形成される中、国指定の重要文化財として今も歴史と風格ある姿を魅せてくれている。ここから川下りの船も出ており今、観光名所にもなっているようである。(1112)







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