安祥院「日限不動」
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大津市に標高848mの比叡山全域を寺院とする天台宗総本山で日本仏教の核心を育んだ「比叡山延暦寺」はある。創建は延暦7年(788)、開基は最澄、本尊は薬師如来である。慈円は百人一首で比叡山を「世の中に山てふ山は多かれど、山は比叡の御山をぞいふ」と崇め詠んでいる。東塔、西塔、横川の三つのエリアからなる比叡山、老杉に囲まれ静寂な林の中に山内最古の「釈迦堂」(転法輪堂)をもつ「西塔」(釈迦如来を祀る)には主要な修業施設のお堂が点在している。お堂の他に「法華堂」と「常行堂」と朱色の同形の二棟の堂が左右に並ぶ「担い堂」、宝形造りで十一面観音(聖徳太子)を安置している「椿堂」、「浄土院」(伝教大師を祀る堂)と聖域としての雰囲気が漂っていた。(1205)







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京都市北区に世界遺産で臨済宗の寺院「北山鹿苑寺=金閣寺」はある。創建は応永4年(1397)、本尊は観音菩薩(方丈菩薩)である。寺名は足利義満の院号鹿苑院に因み、義満の北山山荘を死後に寺としたものである。規模は御所に匹敵し政治の中枢のすべてが集約されていた寺院らしく、総門を入るとほどなくその象徴ともいうべき眩いほど、絢爛豪華な創建時の輝きを放っている金箔を張り巡らした三階建ての楼閣建築「舎利殿」(金閣)が池泉回遊式庭園の「鏡湖池」に映しだすその美しい姿に目を奪われる。また鏡湖池の右手に樹齢600年の「陸船の松」、北手に回るといずれも義満に関係する「銀河泉」、「厳下水」、「龍門滝」、「夕佳亭」(茶室)があり、さらに石造不動明王を安置している「不動堂」など室町時代の北山文化と極楽浄土の世界と名残が広がっていた。(1205)







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京都市東山区清水に「世界遺産」(1994年登録)で京都を最も代表する北法相宗の総本山の寺院「音羽山清水寺」はある。寺名は音羽山中より今なおこんこんと音羽の滝に流れる霊泉に由来している。創建は宝亀9年(778)、本尊は十一面千手観音である。清水坂と呼ばれる1kmの参道にはお土産店や飲食店が軒を連ねている。音羽山中腹(標高242m)に石垣を築いて整地された13万㎡の境内には国宝、重要文化財を含む15の伽藍(仁王門、西門、三重塔、鐘楼、経堂、田村堂、朝倉堂、本堂など)が数多く建ち並ぶ。なんといっても「清水の舞台ら飛び降りる」の語源となった本堂の舞台が名の知れるところであり、緑豊かな境内の様々な意匠の堂宇と、野鳥が囀る美しすぎる自然の中で心静かに観音様に手を合わせ、向き合いご縁結ぶひと時もまた格別な思いがある。(1205)







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京都長岡京市に「きりしまつつじ」と「八条が池」(寛永15年築造)で知られる「長岡天満宮」はある。御祭神は菅原道真公、創建は道真公没後(延喜3年)とされ、自作の念仏像を祀る。長岡は一次首都であり、菅原道真公が在原業平らとともに詩歌管弦を楽しまれた縁深いところである。右手に八条が池中堤のつつじを眺めながら進むと樹齢百数十年のきりしまつつじの参道となる。真紅に染まった回廊のようである。鳥居を潜り階段を上ると鮮やかな朱色の拝殿、三間社流造りの社殿(1941年平安神宮の社殿を移築)が建ち並ぶ。八条が池のほか紅葉庭園、石碑の庭がある。また八幡社、春日社、長岡稲荷大名神などの末社がある。静寂漂う境内、四季の花と池に囲まれた美しい神社である。(1205)







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宇治市に10円硬貨の絵柄にもなっている独立仏教(単位)寺院「朝日山平等院」はある。藤原氏(別荘)ゆかりの寺院で平安後期の建築、仏像、絵画、庭園などが「古都京都の文化財」として世界遺産に登録された。創建は永承7年(1052)。鳳凰を屋上に戴く国宝の鳳凰堂は中堂、両翼廊、尾廊で構成され本尊の阿弥陀如来像を安置している。阿宇池面に優美な姿が映り込み院域に極楽浄土の世界が広がる。鳳凰堂以外に「不動堂」、「養林庵書院」、「浄土院」、「羅漢堂」、「景勝院」、「観音堂」の堂塔が建ち並ぶ。2011年3月にオープンした平等院ミュージアム鳳翔館に展示保存の梵鐘、鳳凰1対、菩薩像26体、宝物類を間近で目にするとその凄さ・素晴らしさが伝わってくる。(1205)







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相模原麻溝公園内とフェンス沿いに植えられている「クレマチス」(日本最多の230種8千株)が5月13日(日)のフェアーを前に早咲きの柿生、大輪系のソルウエイグ、紫のフラウミキコ、白とピンクのリンカーン・スター、カザグルマ、白色のジリアンブレイズ、ドクターラッペル、紫のワルシャフスカ・ニキ、マーガレットウッド、ラサースタン、ビーズジュビリーが見頃を迎えている。。鉄仙が馴染み深いクレマチス(clematis)は、初夏を鮮やかに彩るつる性の宿寝草(センニンソウ属)で原種は10系統分類され300種を数える。その多様な色彩、花姿から愛好家も多い花で、花言葉は「旅人の喜び」とか「心優しさ」である。(1205)







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風光明媚な里、宇治にある藤原一族の栄華の象徴、鳳凰を屋上に戴く国宝の「鳳凰堂」で知られる「平等院」から、長岡京では旬の霧島ツツジの参道と八条ヶ池に囲まれた「長岡天満宮」(=見返り天神)、清水に歩を延ばし京都を最も代表する舞台造りの本堂・仏堂をはじめ15の堂塔が建ち並ぶ「清水寺」を見る。嵐山では後醍醐天皇の菩提寺・京都五山の一位の名刹・禅寺「天龍寺」の方丈裏の池泉回遊式庭園に貴族文化の一端に触れた。北区では足利義満別邸「北山殿」であった「金閣寺=鹿苑寺」。室町期楼閣建築の傑作といわれる北山文化の象徴「舎利殿」が鏡湖池に優雅な姿を映しだしていた。大津へ移動し最後は天台宗総本山で日本仏教の核心を育んだ「比叡山延暦寺」では老杉に囲まれ山内最古の「釈迦堂」(転法輪堂)に聖域の雰囲気そのものの「西塔」を巡る。重厚かつ優美な姿や絢爛さに景勝に感嘆し魅了され胸打たれた。日本が誇る寺院、その歴史・文化・建造物の価値が認められ世界遺産となった理由がそこにあった。(1205)






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座間入谷に市最古の古刹=真言宗の寺院で坂東三十三ヵ所第八番札所の「妙法山星谷寺」(星の谷観音と呼ばれている)はある。創立は天平年間(729~749年)と伝えられており、本尊は聖観世音菩薩。江戸時代、大山講で賑わったという星谷寺は「基地は山叡幽邃にして清泉せん湲たり星影水中に映じ暗夜も白昼の如くなれば土人星谷と呼べり」とあり、寺号はこの故事に由来している。観音堂にある「寝下がり紅葉」や鎌倉時代鋳造の日本最古の「梵鐘」や「星の井戸」、季節はずれの「不断開花の桜」、「楠の化石」、「咲き分け散り椿」、「観音草」など七不思議の寺といわれている。「障りなす 迷ひの雲を ふき払ひ 月もろともに 拝む星の谷」はこの寺のご詠歌である。(1202)





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旅は一期一会の被写体への好奇心と探究心から始まる!!
町田市三輪に足利将軍家の武運長久の祈願寺として創建(正平17年=1362)、東国花の寺百箇寺にも指定されている真言宗の寺院「見星山三輪院高蔵寺」(本尊は大日如来)はある。山門前、境内はその名にふさわしく紅、白、ピンクと色とりどりの1500株(30種)の「石楠花}の花が咲き誇り、高蔵寺は今が一番華やいだ季節を迎えている。本堂と石楠花とのコラボレーション、七福神、塔、地蔵、歌碑、庭の「牡丹」に池と水車も絵となり、また本堂裏にある石楠花園にはこの雅な花の世界と旬の輝きに魅入る人で賑わっている。花の女王といわれる石楠花は、英国では「バラ色の木」(ロードデントロン)とも呼ばれており、境内は花言葉の「威厳」、「荘厳」さが漂い、神秘的な美しさで埋め尽くされている。寺を守る僧侶(住職)の深い思い入れがひしひしと伝わってくる。(1204)







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金沢市東山「ひがし茶屋街」の一角に金沢五社の一つで、慶長4年に前田利家を秘かに祀り高皇産霊神を祀っている「宇多須神社」はある。創建は養老2年(718)、卯辰村字一本松に卯辰神を勧請したのが始まりで、卯辰山に鎮座していた鬼門を守護する毘沙門天を境内に遷座下したことから「毘沙門」さんとも呼ばれている。2月の節分にはひがし茶屋街の芸者さんによる踊りや豆まきが行われるという。またここ宇多須神社のそばに茶屋街の総鎮守として崇められている「菅原神社」(天満宮)と浄土真宗の「円長寺」(山号は藤嶋山、天正14年=1586創建、前田利家鷹狩時の休息所、六角造りの一切経蔵)もあり「卯辰山の寺院群」の一面に触れて観れて知ることができた旅収穫となった。(1203)





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相模原公園の西側の段丘崖下にあった神奈川県フィッシングパークは1998年まで釣堀場として親しまれていたが、水質低下で閉鎖され今の「フィッシングパーク跡地」=親水広場として「水と緑と人とのふれあい空間」をテーマに整備された公園。園内は道保川の水を引き入れて小川が流れ、「上池」「中池」「下池」の三つの池が造られておりのそ周りを散策できる。小さな桜の名所となっているこの公園、訪れた日もう全ての桜が満開期を迎え、とき折吹く風にひらひらと花びらが舞っていた。緑の樹木にピンクの桜と水辺との織り成す美しい景観はこの時期ならではのものである。またこの公園ら北へ「下原やえざくら通り」が一キロにわたり延びており来週頃見ごろを迎える。(1204)







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上野恩賜公園の桜のはじまりは江戸時代「天海僧正」が寛永寺の建立後境内に多くの桜の木を植えたことによる。都内でも歴史ある桜の名所として知られ、広さ35万㎡という公園内にはソメイヨシノ、オオカンザクラ、ヤマザクラなど約1000本の桜がそれぞれ美しさを競うかように咲き誇っている。毎年行われる「うえの桜まつり」(今年は3月27日~4月15日迄開催)期間内には1日30万人もの花見客で賑わう。訪れたこの日も各所に青いシートが広げられ酒宴、酒盛が行われていた。今年は上野恩賜公園ほか10か所ほどの桜の名所を巡り、被写体として美しく無限の魅力をもつ春の主役の花である「桜」を追い求め続けた撮歩であった。(1204)







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